その後の数年間は、短期間の転職を繰り返して来たが、転職の合間には必ず在職期間に匹敵するような、長く苦しい失業期間を経験しなければならない事になる。そうして単発業務で糊口を凌いでは、職を求めて名古屋駅から栄辺りを無為にブラブラと彷徨う日々が続いた。
そんな、或る日の事。それまで、数え切れないくらいに登録した派遣会社のうちの一つであり、いつ登録したのかも思い出せないくらいだったが、某社の営業のD氏と伏見でバッタリと会った。
「今は求職中ですか?」
「ええ、まあ・・・なかなか、仕事が見つからないですよ・・・Kさんのところで、なにかよい仕事はないですか?」
最初はちょっとした立ち話のつもりだったが、この苦労とは一切無縁のように見える、若く颯爽としたオトコマエのK氏の爽やかな弁舌を訊いているうちに、何故かムラムラとやりきれない憤りが突き上げて来た。或いは登録だけさせておいて、一向に仕事を紹介して来ない派遣会社への積もり積もった日頃の恨みが、爆発したのかもしれなかった。
「派遣会社ってのは、登録だけさせておいて知らん顔というのが多いんだよね・・・登録者の人数を増やすのが目的なのかもしれないけど、登録をさせたら責任を持って仕事を紹介してくれないのは、実に無責任だな」
と、かねてからの不満を口にすると
「いやー、そうばかりでもないですよ・・・うちなんかは結構、紹介している方ですから・・・ただ、にゃべさんの場合は、正直希望する通信系の職種は特に経験がないと厳しいかな・・・」
「みんなからも、そう言われ続けてますがね。決して開き直って言うわけではないけど、今までに経験がないものはどうしようもないよ・・・だからいつまで経っても、状況は変わらない。歳を取る分だけ、条件的には益々悪くなっていくかな・・・それでも派遣会社ってのは、何もしてくれないものだよね・・・じゃあ・・・」
と、K氏に別れを告げようとした時であった・・・
すると、普段は八方美人を絵に描いたように口先だけは調子がよいが、何を言ってもサラリと受け流すだけだったK氏が何か考えがあるように、いつもと違う真剣な表情になっていた。
「にゃべさん・・・少し時間ありますか?」
「ご覧の通り、時間だけは幾らでもあるけど・・・」
「じゃあ、そこまで言うにゃべさんに、ボクは訊きたいな。例えばにゃべさんは、IPアドレスというものを知っていますか?」
「勿論、IPアドレスくらいは知ってるよ・・・」
「それは、どんなものです?」
「どんなものって・・・あの例の32ビットの、ネットワークアドレスの事でしょ」
「いや、僕が言ってるのは、そーいうんじゃないです。そのくらいは、誰でも知ってることですから。ボクが今、訊こうとしたのはIPアドレスのクラスとか、サブネットとかの話ですよ」
「IPアドレスのクラス?
訊いた事ないな・・・サブネットとかいうのは、聞いた事があるけど」
「そうですか・・・やはり、そうですよね・・・」
心なしか、ガッカリした様子のK氏は
「残念ながらにゃべさんのそのレベルでは、IPアドレスというものを知っている・・・とは言えないんですな」
と言うとK氏は、鞄の中から分厚い専門書を取り出した。
「それで・・・そのIPアドレスのクラスとかいうのは、なんなんですか?」
「例えば本屋に行けば、こうした本が山と詰まれています・・・こういう本には、今話したIPアドレスのクラス体系やサブネットといった概念が、詳しく書いてありますよ。これなんかはまだ入門書に近い簡単なヤツだけど、もっと詳しく書いてあるのも沢山ありますよ・・・」
実のところ、それまでIPアドレスがそのようなクラス体系に分かれているという事も、またサブネットについても名前だけは聞いていたものの、到底理解しているとは言い難いような、お寒いレベルであった。
「まあ、ボクは営業ですからそんなに詳しい知識は持ってませんが、それでもこうして基本的なところは勉強していますよ・・・今は営業と言えども、こうやってクライアントのニーズを理解するためには、ある程度専門知識も必要になっている時代ですから、正直下手な技術者顔負けの知識を持っている人も少なくないです。そうした世の中で、通信系の技術者としてやっていくのであれば、相当な覚悟を決めて勉強をして、資格でも取るしか道はないんじゃないかな?」
「資格を取っても、結局は実務経験がないと、みたいな事を言われるし・・・」
「それはそうです。やはり、一番は実務経験が問われるのが、この世界ですからね。しかし経験があればベターですが、先ににゃべさんも言っていたように、現実としてないものを捏造するわけにはいかないのだから、それなら次善の策を考えるしかないでしょう。今のアピールするもののないままの状況で待っているだけでは、いつまで経っても仕事は来ません。では、どうやって経験のない穴を埋めるていくかを考えるべきで、僕なら資格を幾つも並べて経験はないけど、これだけ資格を持っていて知識レベルでは負けないんだ、とアピールしていくだろうな」
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