小・中学生活を通して最も親しい友といえば、このムラカミをおいて他にない。この男の存在がなければ、そもそも学生生活は大きく違ったていて、ずっとつまらないものになっていたのは間違いないと思われるほど、圧倒的な存在感を持っていた。
悪友トリオの残る一角であるマサとも勿論親しかったが、よりワガママで直情的な性質のマサは、そうした点が魅力と言えなくもなかったものの、やはりムラカミのあの融通無碍というか、万事につけて懐の深いところは小学生時代から、既に他の誰と比べても人間的なスケールの違いを感じさせるものであった。
このムラカミとは、あたかも見えざる運命の糸ででも結ばれていたかのごとく、悉く縁が強かった。
まず、互いの家が近い。歩いてほんの5分ほどの距離でありながら、大通りに面したにゃべっち家と1本脇に入った、隠れ家的な立地に引っ込んでいたムラカミ家とは、近くに位置しながらも互いの家が見えないという好ロケーションである。もっとも母屋と別棟のにゃべっち家のビルは、当時一帯では最も高く聳え立っていたため、ムラカミ家からにゃべっち家ビルのテッペンの方は確認出来た。また幸運にも、マサもそうだったが小学校1年生から同じクラスとなったことで、自然と一緒に通学するようになったのも、早い段階から親しくなった原因であった。
殊にこのムラカミとは、小学校の6年間で4度も同じクラスになっており、中学でもこの年また同じクラスと、女子を含めてもこれだけ切っても切れないような相手は、またといなかった。
いくら家が近いとはいえ、これでムラカミがデキの悪い落ちこぼれであったり、何の特技もない凡庸なタイプではこうまで親しくはならなかったろうが、更なる僥倖としてはこのムラカミが学力においても運動能力においても、《神童》の名を欲しいままにしていた当時のにゃべと比較して唯一、どこからみても殆ど遜色ないほど稀に見るスーパー優良児であった事だ。
そうかといって、にゃべの最も嫌いなガリ勉タイプの堅物ではまったくなく、ユーモア好きのクダケタ性格であったのも、まさに理想的だった。これだけの条件が揃ったとなれば、さすがに日頃は無神論者として通っていたにゃべといえども
(これぞ、天の配剤!)
と、幾度となく思わないはずはない。
小学校時代から、どんな可愛らしい女の子にも負けない紅顔の美少年だったにゃべにばかりに人気と注目とが集まり、それなりの整った顔立ちと言えなくもないが、今ひとつ華やかなインパクトには欠けたムラカミ。そういう点では不運にもにゃべの蔭に隠れてしまっていたが、己惚れ屋のにゃべもこのムラカミだけは、常に同レベルの存在として認識し尊敬を払っていた。
そして実際にただ成績が良いばかりではなく、日頃の会話からも並外れた知能の高さを感じさせられるなど、長い付き合いを通して蒙を啓かれた事は数限りなかった(余談だが、後に一番の趣味であるClassic音楽に接するきっかけとなったのも、このムラカミの示唆によるものであった)
(コイツは、確かに凄いヤツだ・・・こんなヤツも、いるものなんだなー)
とさしもの「神童」も、内心舌を巻く事も多かったのである。
また、このムラカミという男は、性格的ににゃべとは非常に良く似たところがあり、人の好みが極端に激しくズボラの典型のようなにゃべに対し、子供時分から社交性に長け、本質的には几帳面で生真面目な性格のムラカミという根本的な違いを除くなら、他の点での趣味や嗜好からモノの考え方までが、実に似通っていた。
にゃべとは対照的に、小学生時代からしっかり者だったムラカミだけに、にゃべ家の両親からも全幅の信頼を置かれていた。
「ムラカミ君は、見るからに賢そうだよねー。やっぱりアンタと違って、長男はしっかりしてるわ」
と母はべた褒めだったし、よその子はあまり誉めた例のなかった、あの偏屈オヤジですら
「ムラカミは、顔付きからしてちょっと他の子とは違っとるな」
と、言ったくらいである。更に、毒舌で鳴る姉ミーちゃんも
「あのムラカミってのは、いかにもデキの頭の良さそうな、小賢しいツラしとるわ」
などと、変な誉め方をしていた。もっとも《神童にゃべ》の噂は、充分耳にしていたムラカミ家の方でも
「にゃべ君のようなコがいてくれて、本当に運が良かった」
とか
「2年下の妹のクラスでは、(『B小』で)生徒会長の時のにゃべ君が人気者だったんだよ」
とか訊かされてもいた(そういった話は、ムラカミの口からは終ぞ訊いた事がなかったが・・・)
2人揃ってユーモア好きの悪戯者でもあり、時としてハメを外し過ぎて暴走気味になるにゃべを軌道修正していくムラカミ、という点でも良きコンビといえた。
中学以降は、相手の表情を見るだけで互いの考えが手にとるような「水魚の交わり」となっていったものである。人気は遥かににゃべ、次いでお調子者のマサに偏っていたが、ここぞという時の信頼感はやはりムラカミに寄せられていた。実際に『B小』に入った時のにゃべの目には、このムラカミとマサの二人だけが他の生徒から浮き上がったかのように見えたものだった。
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