名古屋有数のお屋敷町・白壁のお嬢様育ちの母とは違い、田舎のあまり豊かとは言えない環境で生まれ育ったオヤジは、両親に外食に連れて行ってもらうような機会がなかっただけに、勝手が違うせいか外食嫌いだった。
そのオヤジの影響で、あまり外食する機会には恵まれなかったものの、それでも2ヵ月に一度くらいはオヤジ抜きで母に外食に連れて行かれた。
外食といっても田舎の事で、当時の地元にはフランス料理なんて洒落た店はなかったし、精々が愛知のステーキハウス・チェーンや「あさくま」のハンバーグステーキといったところが関の山である。
こうして育ったせいで「フランス料理」などといったものにはトンと縁がなく、また社会人になってからも和食党の身には「フレンチ・コース料理」などは元々手が出ないこともあったが、また大して食指が動く事もなかった。
(フレンチのフルコースなどは、生涯縁がないだろう・・・)
と漠然と思っていたのだったが、思わぬことからこのフルコースを食する、というよりは食さなければならない機会が訪れる事になったのである。
それは、ある年の秋の事。
京都へ紅葉狩りを計画し、まずはホテルの予約をしようと電話をしたものの、なにせ旅行前日のアポだから一年で最も混雑するこの時期のホテルは、どこも満室である。
(仕方がない・・・いつものように大阪に泊まるとするか・・・)
ギリギリのタイミングで京都に宿が取れない時は、梅田か難波辺りに宿を取るのが恒例だった。
これまでの経験上から、京都でも田舎の辺鄙なところへ泊まるよりは、大阪の梅田周辺なら京都まで新快速で30分だから遥かに足回りの良い事を知っていた。
半ばはそう腹を決めつつ、尚も未練がましくネットでホテルを検索していると、目的地の一つに計画していた大原近くの誂えたような絶好の立地にあるペンションが目に留まった。
念のために電話をしてみると、意外にも空室があるというではないか・・・
(ペンションというのが些か気になるが・・・しかし1泊6000円は安いし、この際贅沢は言ってられんだろう・・・)
Webページには
《1泊2食付き10000円》、《朝食付き7000円》
とあり、さらに
《ディナーは、一流ホテル・レストランの料理長出身のシェフ自慢の本格フランス料理フルコースです》(朝食は和食)
と大書されてあった。
が、無粋なこちらはフランス料理なんぞにはサッパリ興味がないから、コンビニの弁当か外の食堂で済ませておけば、素泊まり+食事で8000円で済む計算になり、2泊で4000円は違ってくる。
そこで、早速
「素泊まりで2泊したいんだけど・・・」
と、リクエストを出すと
「当ホテルは、素泊まりはやっておりませんおすなぁ・・・ウチとこの料理は、ホンにお安うなってまっさかい・・・皆様には食事付きで、ご好評いただいておりますが・・・」
と明らかに戸惑ったような、不満げな口調だ。
(ご好評なんぞは、どうでもいいよ・・・フランス料理などガラじゃないし、コンビ二か食堂でいいんだ・・・)
と言いたいところだが、代わりの宿がないだけにあまりケチって足元を見られた挙句、宿泊を断られでもしたら元も子もないから
「じゃあ折角だから1日は素泊まりで、もう1日は食事付きにして貰おうか・・・」
と妥協案を出すと
「それなさいますか。
ええ、それがよろしおす・・・当館のシェフは、ホテルの料理長を務めておりました者で、腕は確かでございますえ・・・ほな楽しみにしとっておくれやす・・・」
という運びで、思わぬことからフレンチ・フルコース初体験となってしまったのである。
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