こういった経緯を話して訊かせ
「というわけで、元々は以前の誼でKさんにコンタクトを取った事から、T氏が突然現れたわけでね。Kさんとは以前から顔見知りだから頼んだんですが、T氏とは面識もなかったし、こんなにデタラメばかりやられては、とても付き合いきれません。これ以上インチキ話に付き合わされるのは、冗談じゃないというのがホンネですよ」
「でもボクは、一度も騙した事はないです。確かに、Tの事をボクに言われても困るんですよ・・・」
「といってもアナタだってT氏の配下で動いている訳だから、関係ないとは言い切れないでしょう?
この件だって、案外T氏が裏でMさんを動かしているのじゃないかな?」
「いえ、それはありません。これは私の案件なので、Tは関係ない話です」
「かつてのSSTのKさんみたいに、営業が独自ルートで動いていると?」
「そう考えていただいて間違いないでしょう」
確かに口調はTよりはしっかりしていた事もあり、ともかく話を訊いてみる事にした。
「この案件は、私が知り合いのHC社(大手メーカー)の担当課長から直接に受けたものです。ですから今までのように、間に何社かが入っているのではない事からも、言われたようなウヤムヤで話がどうかなってしまうというような事は、まず考えられません。それに、現スタッフが抜けるための交代要員という事なので、かなり有力だと思って良いでしょう」
「なるほど。額面通りに受け取るなら、悪くない話のようですが・・・しかし本当に、T氏はまったく関係ないのかな?」
「関係ないです。先にも言いましたように、私が独自ルートで前から良く知っている会社の課長さんなので・・・」
HC社といえば日本を代表する大手メーカーだから、そこの課長クラスがST社のような零細会社と直取引するかどうか疑問に思えたが・・・
「そこまで断言するのであれば、今回に限り信用しますか・・・では結果がどう出ようとも、必ずちゃんと返事をしていただけますか?」
「勿論です。私は、常にそうしてきましたので・・・」
こんな遣り取りの後、早速M氏から面接日程の連絡が入った。
「という事で、x日に栄の某ビル1Fで落ち合いましょう」
「私はMさんを見ても、わからないかもしれませんが・・・」
「私の方で憶えているので大丈夫です」
「それなら結構です。ところでひとつ確認しておきますが、その場にT氏は来ないでしょうね?」
「Tは来ません。前にも言った通り、この件には関係ありませんので・・・」
「わかりました。私はT氏とは顔を合わせるのも嫌なので、もし同席していたらその場で直ぐにキャンセルして帰りますがね」
とクギを刺しておいたのは、こうして話している受話器越しにもTが背後から指示を出しているような様子が窺えたからだ。
「それは大丈夫ですよ。
ハハハ・・・」
そうして指定された時間に出向くと、なんと信じられない事にあれほどに念を押しておいたにもかかわらず、そこには微かに記憶に残っていたM氏の小柄な姿とともに、あのデップリと太った狡猾な古狸を思わせるTの姿があった!
(この野郎、早速、ダマクラかしやがったか・・・)
と腹は立ったものの、生憎と隣に見知らぬ一人の人物がいたので、ともかくここは一旦矛を収めておく。ところがその先には、もっと大きなインチキが用意されていたのである。
「中区某の大手メーカーHC社の担当課長とは古くからの知り合いで、私が直接に受けて間に入っている会社がないから、話はスムーズに運ぶはずです」
と何度も言っていたにもかかわらず、現実に連れて行かれたのはまったく訊いた事のない小さな会社だったから、わけがわからない。しかも、そこの担当営業の口からまず出てきたのは
「東京へは行けますか?」
という唐突なものであり「大手メーカーHC社」云々などは、爪の先ほども出て来ない。しかも
「現状ではこれといったものはまだないので、具体的に出て来た時点でご連絡差し上げるという事で・・・」
と甚だ具体性を欠いたままに面接が終了したものだから、憤りは頂点に達していた。
(こうなりゃ後は面接の間、ずっと目を合わそうとしなかったTに精々クレームを付けるのみや・・・)
と手薬煉引いていると
「T社長だけには、ちょっと別室でお話が・・・」
と相手の営業に呼ばれ、逃げられた形になってしまった。
仕方なく残った3人で、エレベーターで1Fまで降りる事になった。
「では結果の連絡が入り次第、それぞれの携帯の方へご連絡します。私はこれからまだ寄るところがありますので、これで失礼します。本日はお忙しい中、ありがとうございました」
と意図的に目を合わせないままに、そそくさと帰り支度をするMを呼び止めた。
「ちょっと待った!
これは一体、どういう事なんだ?
電話で訊いてたのとは、全然話が違うじゃないの。HC社だって言ってたが、これはどういうわけか説明してもらおう」
「私は、HC社と言ったわけではありませんが・・・」
「なにぃ?
まだ嘘の上塗りをしようというんかい。HC社の課長と旧知の間柄で、間に入ってる会社がないから直ぐに結果が出ます、といってたのを忘れたとは言わせんぞ。こんな会社に来るなんてまったく話が違うし、少しは真面目に説明してみー」
「私は、そう訊いてましたので・・・」
「『そう訊いてた』って?
アンタ、担当課長とやらと直接、話をしたとか言ってたじゃないの。要するにTの手先に使われて、詐欺のお先棒を担いでただけって事かい」
「私は、そう訊いてましたので・・・」
何とかの一つ覚えのように、呪文を唱えるが如くに同じセリフを繰り返すばかりで、さっぱり要領を得ないのだから、なんとも空いた口が塞がらぬ。
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