それは、どことなく聞き覚えのあるようなないような声であった。
「私、ST社のMと申しますが・・・」
「ん?
ST社のMさん・・・?」
ST社には、系列のSST社という会社がある。系列と言うよりは元々がSST社から分離して後から出来たのがST社であり、例のT社長も元々はSST社の重役であったらしい事はSST社役員から訊いていた。SST社との関係は、数年前からで同社が紹介してきた仕事をした事があり、その時の担当はD氏という真面目な人で随分世話になった。
その仕事が終わってからも、SST社のからは何度かオファーが掛かり、面接にも何社かお呼びが掛かったものの、D氏は既に退社しており毎回営業担当が変わっていた事もあって、どれもあまり印象に残っていなかったが、確かにこの電話の声と名前には微かな記憶があった。
以前にも触れたように、K社の面接ではまったく問題にされなかった事があったが、その時の窓口になっていたのがこのM氏であった事を思い出していた。
「にゃべさん、憶えておいでですか・・・?
以前、SST社でお会いしてると思いますが・・・」
「ええ、憶えてますよ・・・」
「ボクも今度、SST社からST社に移ったんですよ。それでにゃべさんに、是非ともご紹介したい案件がありまして・・・」
「私は、ST社とはもう縁を切りましてね。なにせT氏には、これまで何度騙されてきた事か・・・」
と過去のTの行状を、といってもとても電話で言い尽くせる程度の代物ではないから、ほんの一端だけを説明して聞かせると
「その辺りの事は、幾らかはTからも訊いてますが・・・しかしそれはそれとして、今度の話は私が責任を持って紹介する話なので・・・」
と、あくまでも「Tと自分は違うのだ」と言わんばかりの口調である。
本来なら、ST社と訊いた時点で相手にもしないところだが、M氏自体の以前の印象がそんなに悪くはなかったし、Tよりは遥かにマトモそうでもあるから、話だけは訊いておいてもいいだろう。
ところで、こうした会社には様々なスタイルがあるが、かつて付き合いのあったSST社の場合は営業マン一人一人が自由に動いている雰囲気があり、K氏の場合でも総てD氏で自己完結していたから、打ち合わせなどがあれば外の喫茶店などで会い、SSTに顔を出す必要がなかった。だから当時は重役だったらしいTは勿論の事、SST社にK氏以外のどんな社員がいるのかも、まったく知らなかった。
その後、SST社で親しくしていた役員にK氏の連絡先を訊くと
「今度、ウチの系列でST社という新しい会社が出来たんだ・・・ウチの重役だったTというのが社長なんだが・・・Kはそこにいるんじゃないかな」
と教わった携帯番号にアクセスし、5年ぶりくらいでD氏に会う事になった。
「今も営業活動をしているのなら、何かいい話があれば紹介してくださいよ」
と頼んでおいたが、その日のうちに電話をして来たのはK氏ではなく、それまで面識のなかったTであった。
「Kから、アナタのデータを貰いました・・・私は以前SST社にいたんだけど、今度独立して系列のST社を立ち上げましてね。ええ、Kも来月からウチに来ますよ・・・そこ、こんな話があるんです・・・」
まるで外人が喋っているのかと思うほどに、酷く聞き取り難い方言訛りで持ちかけてきたのが、事の始まりであった。
その電話があった日の夜、K氏から電話があり
「今日、ST社のTから連絡がありませんでしたか?
どうも迷惑をかけちゃったかな?
Tが紹介しろ紹介しろと煩いので・・・」
という謝りめいた連絡があり
「いや、迷惑ではないですよ・・・仕事が決ればいいわけですが・・・しかしTさんという人はSST社の役員から名前だけは訊いていましたが・・・で、Kさんも、あのST社という会社にいるんですか?」
「いや・・・オレは、あそこへは入らないよ。T社長からは、一緒にやろうとしつこく誘われてるんだよね・・ハッキリ言って、あの人と一緒にやるの嫌なんだよな・・・」
「・・・私は電話で話したばかりなので良くわかりませんが、なんかなに言ってるんだか良くわからない感じがして・・・最初は外人・・・正直コリアの人かと思いましたが・・・」
「ハハハハ。そうかな~?
オレは訊き慣れてるけど。ホント言うと嫌なんだよな~、あの人とやるの・・・」
無論、その時はなにが「嫌」という理由かは皆目わからなかったが、幾ら親しい仲とはいえ、わけもなくそんな事を言うD氏ではないから、あれだけ敬遠しているところから、なにか問題ある人物なのだろうとは思っていた。
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