2004/06/09

ベルリオーズ 幻想交響曲(第1楽章)



1楽章「夢と熱情」
まず幻想的なプロローグに乗って美しい「恋人の旋律」(この動機は、全5楽章を有機的に結びつけるためのテーマ)が登場し、若い芸術家の夢や情熱に対する憧れが、色彩感溢れるオーケストラによって陶々と綴られていく。若い芸術家とは、ベルリオーズ自身の事だ。この出会いの場面は現実の体験をもとにしており、実際に当時のベルリオーズ自身もアヘンをやっていたとも言われる。そうした世界独特の現実と空想が綯交ぜになったような、妖しげな三次元で身を焦がす様子が巧みに描写される。

 ベルリオーズの代表作である『幻想交響曲』は、アヘンが齎した現実と虚構の境目のような一連の経験を土台にして創られた、交響曲史上の画期的な大作である。

ベートーヴェン以降、誰もが交響曲を創ることが出来なくなっていた。ブラームスが、最初の交響曲を創るのに実に20年もの年月を要したのは有名な話で、他のジャンルでは傑作を次々に発表していたブラームスに

「なぜ、交響曲を創らないのですか?」

と質問したら

「ベートーヴェンが9つの交響曲で総てを言い尽くしたのに、今更ワガハイ如きが何を付け加える必要がありましょうか」

と空惚けたくらいで、それほどまでに当時の作曲家は、ベートーヴェンという巨大な存在の蔭に圧倒され、交響曲を創ることが出来なくなっってしまっていた

そんな時代に、忽然として現れたのがこの異色の作品である。ベルリオーズの代表作であると同時に、ほぼ同年代のリストや後の世代となるマーラーなど、その後の交響詩・交響曲の作曲家に多大なる影響を与えた、管弦楽曲史上のエポックメーキングとなった作品だ。その曲の「常識はずれ」とも言える構造はともかく、その成立も「常識はずれ」の類い希なるものだった。

ベルリオーズ自身によって、提示された作品全体のテーマは以下の通り。  

《恋を失った若い芸術家が、自殺を図ってアヘンを飲むが致死量には達せず、一連の奇怪な夢を見る・・・その幻影の中に、恋人の旋律が固定観念のようにあらゆるシーンに登場する》

交響曲史上、というよりは音楽史上にも革命を齎したこの曲の斬新さは、それこそ挙げていけば枚挙に暇がないが、特に後世に大きな影響を遺したものは「固定楽想(イデー・フィクス)」という手法である。通常は複数の楽章からなる曲では、楽章ごとにそれぞれの主題が使われるのに対し、この曲は「恋人の旋律」という主題を各楽章に共通して使い廻す事により、全5楽章を有機的に結びつけ、全体でのストーリー性をわかり易く打ち出すという画期的な試みである。これは、後にワーグナーによって「示導動機(ライト・モティーフ)」という形に転訛され、広く浸透していった。

 このベルリオーズとは、一体どんな人物なのか?
ひと言で言っていってしまえば、かなり奇人変人の部類に属する人物と言える。

ベルリオーズは幼い頃から音楽の才能が認められながらも、両親の無理解(音楽家の地位が、当時あまり高くなかった)から、一時は医学校での勉強を強要されていた。しかし、音楽への情熱が捨てきれず、遂に両親の反対を押し切って1826年(23歳)、パリ音楽院へ入学する。

1827年のある日、ベルリオーズの運命を変える出来事が起こった。当時の人気女優、ハリエット・スミッソンが演じるシェークスピアの「ハムレット」を観て、強烈な一目惚れをしてしまったのだ。それから毎日、熱心に劇場に通いつめる日々が続いたが、人気女優と無名の貧乏学生との恋が成就するわけもない。

何通ものラブレターを送り面会しようと試みたものの、あまりに唐突かつ狂熱的なアプローチに、彼女はすっかり恐れをなしてしまう始末だった。そんな相手の気持ちにお構いなく、遂に感極まったベルリオーズは劇場で奇声を張り上げたりしたため、ほどなく「要注意人物」としてマークされた挙句、締め出しを食らわされてしまうほど、その言動は常軌を遥かに逸脱したもので、哀れな失恋に終わってしまったのである。

が、根っから執念深いベルリオーズは、どうにかして彼女の気を惹こうと足掻いた末、学生の身分でありながら自作演奏会を行うという暴挙を敢行してしまったが、これまたまったく相手にされないばかりか、演奏会自体もサッパリ評判にならず大失敗に終わる。重度のダメージを負ったベルリオーズは、夜のパリの町を夢遊病者のように徘徊し、友人のリストとショパンが一晩中探し続けた、というエピソードは有名である。

ロマンチストらしく、文筆家としても評価の高いベルリオーズ自身、こんな回想を遺している。

「この時の私の苦痛は、そう容易く描けるものではない・・・掻き毟られる様な胸の痛み、恐ろしいほどの孤独、虚ろな現世、氷の如く冷たい血が血管を流れていると思わせる幾百千の苦悶・・・ 生きるのも厭わしいが、死ぬことも出来ない・・・」

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