コンサルのT氏といえば、つい数年前までは上場企業の取締役をしていた御仁だ。定年を前に会社を辞めると、コンサルタントとして独立したこの人物から、人材バンク経由でスカウトのお誘いがかかったのは、数年前の事である。
T氏からは、これまで何件かの案件の紹介を受けてきたが、どういうわけか面接が上手くいかなかったり、面接はOKが出たものの条件が合わなかったりで、どうにも仕事上での縁がなかった。社交的で世話好きな性質は明らかだったが、勝手に独走してしまう癖の強い御仁だけに負担に感じることも多く、それとなく
(もう、手を引いてくれ・・・)
と遠回しな意思表示をしたが、こちらの意図がまったく通じてないのか或いは通じていないふりをしているのか、一向にその主義を改める気配がなかった。
このT氏は、年配の人にありがちな「同郷」というところに勝手に親近感を持ったらしく、最初の面接の時から
「にゃべさんは、A市の人かー。
私もA市なんだよー」
から始まって、個人的にはまったく興味のない地元談義の薀蓄をやり始めた。 さらに悪いことに、A市トップの進学校として地元では尊敬を集める『A高校』出身という点に真っ先に目に留まったらしく
「『A高』かー。大したものだ・・・」
と感心するところまではまだ良かったが、最初に紹介があって同行した会社の社長との遣り取りの中でも
「このにゃべさんは、私と同じA市の人なんだ・・・『A高校』出身だから頭がいい人だよー。あそこは、なかなか入れないんだから。ウチの息子だって、入れなかったし・・・」
などと滔滔と要らぬ自慢をしてくれるのには、閉口した(そもそも地方の『A高』なんぞは、進学校の犇めく名古屋の人間にはあまり知られていないのだが)
それだけでも片腹痛かったところだが、この人のA市及び『A高』に対する思い入れをまざまざと知らされたのは、浜松の富士通某面接での事であった。この時も、担当役員と懇意だという事で同行して来たのだったが、驚いたことにA市などは殆ど知られていない事は間違いない浜松で、例によって
「このにゃべさんはねー、私と同じA市の人なんだ・・・それに『A高校』出身なんだよねー。私も地元だから良く知ってるけど『A高校』は、なかなか入れないんだよー。ウチだって娘は名市大医学部に進んで、医者になるくらい出来が良かったから入れたけど、下の坊主はテンで引っかかりもしなかったよ。ガッハハハハハハ」
と、いつものように皆が何のことやらサッパリと呆気に取られるのにもお構いなく、一人で捲くし立てていたのには呆れた。
なにか新規の案件が舞い込んでくると、数ヶ月に一回という感じで忘れた頃に連絡をしてくるのがこのT氏で、強引に話を持ちかけて来るのが、この人のやり方である。無論、根は悪い人ではないし、この人なりに心配をしてくれているのだろうから、その点は感謝すべきだろうが、さりとてこちらの事情もある。
しばらくは音沙汰がなかったT氏だったが、東京行きの準備を進める前の模索段階で、タイミング悪く名古屋の街でバッタリと出くわしてしまった。
「おや、にゃべさんじゃないの。
久しぶりー!」
久しぶりー!」
正直、あまり会いたくはない人物とも言えたが、まさか無視して通り過ぎるわけにもいかないから挨拶だけして
「お久しぶりで・・・」
と逃げようとすると
「まあまあ・・・ちょっとお茶でも飲んで話しようか・・・時間あるんでしょ?」
と例によって、よく通る大声で強引な誘い掛けである。
「いや、まだ食事をしてないので・・・今から行くところなんですよ・・・」
事実、食事時で空きっ腹を抱えて歩いていたのが、その時の状況だった。
「じゃあ、食事すればいいじゃない。奢るから・・・ともかく立ち話もなんだから、どこかそこらへんに入るか」
と結局、強引に押し切られてしまった。
「にゃべさんに合うようないい仕事を今、探しているところなんだよ。
どう、東京で、やってみる気はないの?」
予備知識なく読んで来た人には、さもいい加減そうな人物に見えるかもしれないが、実際には名前を訊けば誰もが知っているような大企業の取締役までやっていた人だから人を見る目は確かである。性格的に色々と問題はあるとはいえ、中途半端な嘘や言い抜けの通用する相手ではない。
ちょうどそんな風に持ちかけられた事でもあり、渡りに船と東京行きの計画を話して訊かせる事にした。
「うん、それがいい。私も以前から、そうした方がいいと思ってたんだ」(T氏からは、実際に数年前から東京行きの持ちかけが、それとなくあったのは事実であった)
「よし、じゃあ今日はここで偶然バッタリ合ったのも何かの縁だと思うし、また東京行きの意思も確認出来たから、私も本腰入れてお手伝いするよ・・・東京にもトップ(役員クラス)に友人が沢山いるし、パイプが結構あるからね」
などと、得意の大風呂敷を広げ始めた。
が、その後はパッタリと音沙汰のなくなったT氏のやり方はいつも通りだから、最初からあまり当てにはしていなかったものの、いよいよ当てにしない事に決めて、予定通り独自で進めていく事にする。T氏に対しては、こっちが義理立てするような必要がないのと同様、相手もこちらに対する義務はないわけだから、それなりに付き合えばよいのである。
こうして具体的な東京行きのスケジュールを決定し、ビジネスホテルの予約も済ませた。ネットとメールを使い、スケジュールを埋めてという準備を着々と進めていると、突如としてすっかり忘れていたT氏から連絡が入った。
「ああ、にゃべさん!
Tですが・・・先日お話した東京の件だけど、面接が決まったのでお知らせします。
木曜日○時に、東京の神田へ行ってください」
例によって一人で勝手に決めて、有無を言わせぬ口調だ。まさかこの段階でT氏から案件紹介が出てくるとは思ってもいなかっただけに、個人で着々と進めてきたスケジュールでは、次週の月曜日からの上京となっていた。
こんな事なら、その時期に一緒に埋めてしまえば効率的だったが、具体的なスケジュールまでは伝えてないので、それは無理な相談だった。ただし、この件に関しては東京までの往復交通費はT氏が持つという事だったので、次週からの本番を前にした「予行演習」のつもりで行ってみるのもいいかと思い、次週からの個人活動の事には触れず、目先の面接だけをこなす事に決めた。
ところが、N社での面接自体は案件がやや経験値と異なるところから、あまり得意でない分野ばかりを技術的に突っ込まれ上手くいかず、結果を訊く前から
(こりゃあかんわ・・・)
と結論は明らかだったが、これもまたいつもの通り結果の報告を含めて、T氏からは一向に音沙汰がなかった。
(ま、元々自分でやっていく決意をしたんだし・・・これで最初の計画通り、淡々とやっていくだけだ・・・T氏とも、これで縁が切れてサッパリしたかも)
というのが本音だっただけに、この時点で1ヵ月後にまたT氏が復活してこようとは、思いもしなかった。
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