席替えで、前の席に来たサッコ。バレンタインにチョコをくれたあの「サッコ」だったが、忘れっぽいにゃべの記憶からは、すっかり消えていた。
これまで同じクラスになった記憶はないが、サッコの方ではどこかでこちらのことを見ていたらしく(後でわかった事だが)、かなり前から一方的に熱を上げていたらしい。そんなわけで、最初は猫を被っていた様子のサッコだったが、毎日顔を合わせるうち次第に、その本性が現れてきつつあった。
小柄で痩身、おかっぱのようなサラサラとした綺麗な髪。色白丸顔で、一際眼を引くパッチリした瞳と、外見こそは実におとなしそうで好みの美形だっただけに、最初にそれとなく視線を感じていた時は悪い気はしなかったが、その正体は見た目とは違い大変な気の強さの持ち主だ。
アッという間に、男子生徒を尻に敷かんばかりの勢いで
「カワイイかわい(河合)さんと呼んでよねー!」
などと臆面もない言動で、当初の男子学生らの好意的な視線から、次第にうるさ型の煙たい存在としてマークされることになっていった。
皮肉屋のマサなどは
「オーイ! かわいくねーカワイー」
などと呼んでいたが。小さい時から「ゴキと気の強い女」は、何より苦手だったにゃべ。こんなサッコに対し、徐々に腰が引け気味になってきたところへ、益々大胆になってくるサッコの大きな瞳は、次第に異様な輝きを帯びて見え一種の妖気さえ漂っていた。
「カワイは、にゃべに気があるよなー。遊びでいいから、付きあったれよ」
などと男子生徒からは半ば面白半分に、しかし半ばは嫉妬混じりのヘンな感じで冷やかされつつも、かつて美佳から感じた視線とはまったく異質のサッコの粘っこいような視線に、なんとなく危険を感じて戸惑うばかり。しかしながら、そんなこちらの心境には、一切お構いなしに
「にゃべーっ! あーっ、私のタイプだわー!」
サッコのにゃべっちに対する態度は、日一日と露骨さを増していった。
小学生時代の蔭の薄さの反動からか、中学に入り色気に目覚めるや成績もメキメキと上昇し、遂に
「なんとか『A高』ボーダーラインすれすれのところだわ」
といった辺りまで、躍進してきているとの事でもあった。すっかり上昇気流に乗っていたこの頃のサッコは、持ち前の明るい性格から女学生からは「サッコ!」の愛称で親しまれ、また男子学生からもかなり人気があったが、同じ気の強いタイプでありながらも大陸的な性格で爽やかさと大らかさを感じさせる千春に比べ、より情熱的で直情的なサッコのアプローチは、正直なところ持て余すところであった。
それだけに
「頑張って、何が何でも『A高』に行くからねー! にゃべー、一緒に『A高』に行くわよー」
と例によって、いつもの粘っこい視線と口調を何度か訊かされるにつれ、次第に
(頼むから、よそへ行ってくれー)
と、内心では複雑な心境であった。
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