「それ行けー! 今年こそは、なんとしても『A中』をぶっ潰せー」
『A中』OBのガンゾー監督としては、或いは胸中複雑なものがあったかも知れないが、イレブンはそんなことには構っていられない。そうした状況の中で、いよいよ決勝戦の火蓋が切って落とされる。
運命のホイッスルが鳴ると同時に、昨年同様『A中』怒涛の攻撃が始まる。186cmの怪物CFドージマを中心とした『A中』攻撃陣は、去年同様に速攻勝負をかけてきている模様で、前半もたついて精彩を欠いていた前日とは別のチームのような、あの怒涛の攻撃が押し寄てきた。これを目の当たりにして
「来たか」
という武者震いと同時に、すっかり克服出来たと思っていたはずの理屈抜きの恐怖感が一気に蘇って来た。
両サイドからウィングが再三シュートを放つが、なんとか決定打だけは免れているという、ギリギリの状況が続いた。
「ドージマからは、絶対にマークを外すなー!」
ガンゾー監督の怒声を待つまでもなく、中学生離れしたドージマである。炎天下の合宿ではドージマを想定し、毎日泥塗れになって泣きながら過酷な練習をこなしてきたDF陣がマークを固め、全員の執念でドージマのシュートのチャンスを悉く潰していた。とはいえドージマだけが『A中』ではなく、彼以外にも『A中』の責め手は分厚い。押し寄せる波のような分厚い攻撃を続けながらも、なかなか決定打が出ないまま前半15分をなんとか耐え抜いた。
15分を過ぎた頃から、最初の猛攻で『A中』攻撃陣にやや疲れが見え始め、試合は膠着状態に入ったまま時間が経過する。そうして迎えた、終了間際。『A中』ディフェンス陣に、一瞬の隙が出来たところに『B中』得意のカウンター攻撃だ。正面からまともにぶつかっては力負けする『B中』が『A中』対策として、毎日飽きるほど繰り返し練習を積んで来た攻撃パターンである。
にゃべの右足から放たれたシュートが、DFの体に当たって跳ね返ってゴール前の好位置に詰めていたムラタが、このこぼれ球を頭で捻じ込んだ。
『B中』1点先取!
そこで、前半終了のホイッスルが鳴った。
普段は鉄仮面のように表情を変えないドージマといえ、この時ばかりは「まさかの失点」で、さぞや悔しさに顔を歪めていることだろう。1年間、苦しめられ続けたこの憎い怪物の方を見ると・・・が、信じがたいことに、この憎き怪物は心底楽しそうに笑みを浮かべていた!
「オッシャー、えーぞえーぞー! 今の調子で、カウンター狙いだ・・・後半、相手は必ずバテテくるからな。とにかくドージマからは、死んでもマークを外すんじゃねーぞ」
ガンゾーが唾を飛ばして、必死の形相で檄を飛ばすハーフタイムが終わり、試合は後半へと突入していく。後半は逆に、勢いに乗る『B中』が開始早々から攻めに転じてチャンスを作るが、さすがに『A中』のディフェンスも固く、そう簡単にはゴールを割らせてくれない。先の先取点を取った時の、ドージマの笑顔が瞼に焼き付いていた。決して負け惜しみや苦笑いといったものではなく、紛れもない「余裕の笑み」だった。
(なんとか、次の点が欲しい・・・)
と念じながらも長いような短いような時間が過ぎていく中、次第に『B中』DF陣の足が止まりかけ、エース・ドージマがフリーになり始める時間帯が、増えてきつつあった。
「バカヤロー! テメーら、ドージマにはしっかりと付いとかんかーい!
今年もまた、泣きたいんかー」
にゃべ、イモらが声を嗄らして怒鳴るが、ここまでドージマに散々に振り回され続けた『B中』DF陣に、疲労の色は隠せなかった。これに対し、無尽蔵のスタミナを持っているかと思われたドージマは、まだ余裕綽々といった軽いステップで、豹のようにここ一番のチャンスを虎視眈々と窺っているような、一人涼しげな様子がなんとも不気味である。そして遂に、恐れていた魔の時間帯がやってきた・・・
1枚、2枚とディフェンスを巧みに外し、軽快なドリブルで持ち込んで来たドージマの芸術的なシュートが、いとも鮮やかに決まってしまった!
正直に告白すると、そのあまりの美しい放物線には思わず敵であることも忘れて一瞬、見蕩れてしまったほどだ。変な話だが、勝ち負けとは別に
(こんな凄いヤツと戦っている)
という充実感があった。
同点!
先取点を取られた時は「謎の笑み」を浮かべていた怪物ドージマだったが、この同点シュートの時は笑顔もガッツポーズもなく、あくまでポーカーフェイスを崩さない。
(ウムムム・・・ヤツがいる限り、やっぱり今年もダメなのか・・・)
そんな諦めムードが漂い始めたのを、敏感に察知したキャプテン・イモの檄が飛んだ。
「まだまだ、これでイーブンだろーが! これからだこれからだー。おらー、チンタラしとらんと気合入れ直せー!」
温厚な普段とは別人のように、恐ろしい鬼の形相に変じていた。昨年は、空中での激突でドージマに壊され担架で運ばれたMFに代わり、出場のチャンスをものにしながらも『A中』イレブンに散々いいようにあしらわれた挙句に、これまたドージマとの接触で弾き飛ばされ担架で運ばれるという辛酸を嘗めたイモも、にゃべ同様かそれ以上に復讐の鬼と化していたのは、試合中の怖いような表情からも、充分に窺い知ることが出来た。
キャプテンとなった最初の『A中』との練習試合で「0-6」と完膚なきまでにやられた時は「悔しさで、まんじりとして眠れなかった」男である。
(そうだ、見蕩れている場合ではないぞ・・・)
が、そんな経過はあれど、非情にも地力の差だけは如何ともしがたい。ペースは、徐々に『A中』へと傾いていく。ゲーム開始早々を再現したような怒涛の波状攻撃が復活し『B中』はにゃべ、イモらトップも攻撃どころではなくなった。
ドージマの威力のある正確なキックが、ボール自体が生命を持ったように牙を剥いてゴールに何度も襲い掛かって来るのは、やはりなんとも恐怖だった。FW陣も含めた『B中』の11人が結集して、死に物狂いで守る時間帯が続く。
それにしても、恐るべきはドージマだ。その群を抜いた技術力から繰り出されるシュートは、他人の技術は滅多に認めることのなかったにゃべさえも唸らせずにはおかない、正確無比なものばかりだ。高い芸術性と強靭な力がこもっており、寧ろここまで得点に結び付かなかった方が、奇跡のようにさえ思えた。
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