言うまでもなく、需要と供給のバランスの上に成り立っているのが仕事と言うものである。クライアント企業の方は、常に現実の業務遂行に必要とする以上に、より高い技術力を持った人材を要求するものだ。「5」のレベルの仕事を「5」の実力しか持たない技術者に任せるような事は、まずない。「5」のレベルの仕事を任せるためには、最低でも「6」、通常は「7」か「8」まで要求する事も珍しくはない。
この傾向は、大手になればなるほど顕著だ。殊に「A」のような大手の基幹システムとなると、さらに要求のハードルが高くなって来るのは当然であろう。
なにせ、このシステムが一瞬といえど停止でもしてしまったら、最悪の場合は天文学的な数のDoCoMo端末が使えなくなってしまうケースもあるのだ。それは、損害の算出も出来ないくらいの途方もない大トラブルであり、単に一企業のみに止まらず下手をすれば国家的な損害にも繋がりかねない(この当時の携帯シェアは、DoCoMoがほぼ独占状態だった)と言い切っても、決してオーバーではないのである。
だが、その一方で技術者の立場としても、同様に「5」のレベルの技術者が「5」の仕事をやっていては、刺激も向上もなくつまらない。だから「5」のレベルの技術者なら「6」や「7」のレベルの仕事を要求する。実際に与えられるのは「4」か、下手をすれば「3」以下の仕事が精々だから、なおさらに求める傾向だけは強くなる。正味で「5」のレベルの技術者が、経歴書や面接の場で「5」だと言っていては、運が良くても「4」程度、下手をすると「3」以下の仕事しか来ないから「5」の実態を「6」にも「7」にも膨らませて、それ相応の仕事を要求するのは技術者のプライドであり、また当然のテクニックである。
とはいえ、あまりに大風呂敷を広げ過ぎても大抵はばれてしまうから、余程厚かましくない限りは一、二段のレベル上げが精々である。あまり自らに下駄を履かせてみたところで、巧く騙し果せて入ったところで要件を満たす事は出来ないから、所詮は長く続くわけはない。この辺りが難しい駆け引きであり、大抵はクライアント企業の誘導に乗せられ、中途半端なところで妥協してしまうものなのである。
その結果が、実際に来る仕事は「4」や「5」となり、結果としてそれなりに辻褄があって来るというのが現実的な実態ではないか。とはいえ実際の仕事選択の場面では、金儲け第一でレベル落ちのつまらない仕事でもギャラが良ければ受ける技術者もいるし、冒険嫌いの小心者などは好んでレベル落ちの仕事ばかりを選んで、大過なく無難に過ぎ行く日常に満足して、終わってしまっているかも知れない。それはそれでその人その人の生き方だから、どれが良いとか悪いとか言うものではないだろう。
中には多少無理をしてでも、また金銭的に満足出来なくとも、あくまで内容重視で未知の分野に果敢にチャレンジしていく、という技術者も少なくはない。そして言うまでもなく、自分などもそうであった。殊に家庭を持たないワタクシは、常に自分の事だけを考えていればいいわけだから、技術の向上と充実感だけを念頭において、こうした活動を出来る身軽さがあるのが強みだ。
そうした自身の主義から見ると「DoCoMoのA」とは言っても、この既に出来上がってしまっている巨大なシステムというものは、正直「なんの面白味もなく、魅力に欠ける現場」としか映らなかった。勿論、価値観は人によって様々だから、交通至便な名古屋の中心部で新しく綺麗な高層ビルに収まって、対外的には
(ワガハイは、DoCoMoのAの管理を任されてるんだぞ)
などと「自慢が出来るいい仕事」だと考えるかも人が居ても、そうした考えを否定する必要もまったくない。また、ギャラもそれなりに悪くはないという条件からだけでも、悦んで引き受ける技術者がいたとしても、それぞれお家の事情などもあるからもしれないから、それもおかしいとは思わない。つまるところ、人それぞれの置かれた環境と価値観の相違だからである。
ただ、自分としては
(これまでやって来た範囲内で、ほぼ100%対応出来てしまうような仕事をやっていては、進歩も達成感もないではないか・・・)
という拘りが、単に強かっただけである。
これまでも、職場が変わる時は「常に前の現場よりは、技術的に向上出来る環境」を求めて来たのである(むろん、結果として総てがそうなっているかは、また別次元の問題である)
現場の環境の中で、これまでに経験した事のないものがどれだけ経験できるかという、それこそが譲れない必須条件なのであり仮に上手く対応出来ずに直ぐにNGを出されようとも、それはそれで技術の修行だと思っている。
そんなこんなで色々と考えた挙句、結局今回の件に関してはこちらから断りを入れる事となった。あの小面憎い、太ったB氏とはこれで二度と顔を合わせずに済むというのは、何より痛快である。数度に渡って夜遅くまで、粘り強く懇々と口説き続けるR社営業のK君に対しては、正直済まない気持ちはあった。
「それは残念です・・・しかし、決意は固そうですね・・・」
と電話越しにも決意の固さを感じたか、これまでとは違い案外アッサリと諦めた様子だった。
「色々と骨を折ってもらった挙句で、大変に恐縮なんだけど・・・あの経緯のせいではなく、あくまで現場を見ての結論だという点は、ご理解していただきたい」
「そこら辺が、技術者でない私にはどうにも理解し難いところで・・・Bさんに、どう伝えればいいのかと・・・」
「では私から直接、断りましょうか?」
「いえ、それは結構です・・・これは、あくまで私の仕事ですから」
よもや夢にも断られるような事は思ってもみないであろう、あの豚のように太ったC社のB部長に面と向かって
「こんなつまらなそうな仕事は、引き請けられん」
と啖呵を切って、吠え面を見られなかったのは返す返すも残念ではあったが。
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