まだ駆け出しの記者の頃の話。
当時は地元の夕刊紙の見開き2ページを任され、週1回特集記事を書いていた。
オジサン読者が大部分を占める夕刊紙だから、対象となるのは夜の街や飲食店の特集が主たるもので、7月の土用丑の時期に合わせては当然のように「うなぎ特集」を組み、名古屋の有名店を紹介したりする。
所属していたプロダクションの社長から
「うなぎといや〜『いば昇』が、一番有名だがや〜!
次が『蓬莱軒』のひつまぶしだな〜!」
と訊き
「ひつまぶし・・・?
なにそれ?」
「オイオイ・・おみゃ〜、ひつまぶしも知らんのか〜?
まあ、ええでいっぺん行って来や〜。
オレが説明しとるよか、その方が早いが〜」
とケツを叩かれるようにして早速、熱田神宮の敷地の中に店を構えていたこの明治6年創業という老舗を訪ねると、見るからに年季の入った木造りの店が熱田の杜にマッチし、鎮座ましているではないか(その後、立ち退きで松坂屋に移転)
こうした有名店ともなると、改めて宣伝せずとも客が幾らでも来るせいか、得てして取材には非協力的な場合が多いものだが、この店はありがたい事に有名な老舗にもかかわらず大変協力的だった。
「まあ、口で説明するよりは食べてもらった方がええで、ま〜いっぺん食べてって頂戴な〜」
と、カウンター越しで勧められるままに待っていると
「これが当店名物の「ひつまぶし」ですよ〜!」
といって出されたのは、櫃に入ったうな重もどきと空の茶碗だ。
うな丼やうな重は毎年、土用丑の他にも度々食べていたが、地元では「ひつまぶし」なるうなぎ料理は訊いた事がなかっただけに
(ハテ?
この茶碗は、なんに使うのかいな・・・?)
と戸惑っていると
「そのお櫃から、茶碗にとって食べて〜な。
大体お茶碗に三杯分くらいあるで、まずはそのままで一杯目を食べてちょ〜だいな」
言われるままに櫃から茶碗に移した。
よく見るとうな丼とかうな重とは違い、うなぎが一口サイズに細かく切ってある。
(なんだ、わざわざうなぎが細かく切ってあるのか・・・塊のままかぶりついた方が、よっぽど旨いだろうに・・・)
と思いながら食べると、これが案外に旨い。
忽ち、一膳目を平らげると
「二膳目は薬味を入れて、食べてちょうだいね〜!」
と薬味皿に盛られたあさつきとのり、わさびをかけて二膳目をいただく。
そして最後に残った三膳目には、もううなぎが跡形もなくなり、タレの掛かったご飯だけが残った。
その三膳目には、出し汁をかけてお茶漬けにしていただくのである。
普通ならいくら旨いうなぎとはいえ、三膳目ともなるといい加減くどくなってくるものだが、この「うな茶漬け」のなんと旨い事か。
この「1食で3回楽しめる」食し方は、てっきりこの店の独自のものと思っていたが、試みに「ひつまぶし(櫃まぶし)」を辞書で検索してみた。
《短冊状に切った鰻(うなぎ)の蒲焼(かばや)きを、お櫃(ひつ)のご飯に塗(まぶ)した料理。
茶碗に取り分けて一杯目はそのまま食べ、二杯目はネギやワサビなどの薬味をのせて食べ、三杯目はこれにお茶や出汁(だし)などをかけて食べる。
名古屋名物として知られる。 商標名》
と出ており、どうやらこれが正式な食し方らしい。
そもそも「ひつまぶし」発祥の店は、先に紹介した錦3にある「いば昇」で、三代目が「天然のうなぎは季節によって皮が堅くなるので、食べ方を工夫してみたのが始まり」とされる。
《「ひつまぶし」(または「櫃塗し」とも言う)とは、主に名古屋地方で食べられている有名な鰻料理である。
蒲焼にしたウナギの身を細かく刻んで御飯に乗せたもので、小ぶりなお櫃(ひつ)に入れて供されるため、この名で呼ばれる》
《当初、他の鰻専門店と同じように1人前づつ瀬戸物の御椀に盛られていたが、配達した後に回収した店の若い衆が御椀を割る事が頻繁にあったため、多少乱暴に扱っても割れず、かつ複数人分をいっぺんに用意できる容器にするためであった、とされている。
また鰻が刻まれているのは、御櫃から取り分ける際に鰻の量を均等に分けて盛り付けるようにする事が目的であったとも、また戦後の食糧難の時期に鰻の有効活用を図ったためであった、とも言われる》
という事である。
なるほど、櫃の中でご飯にうなぎが塗してあるというから「櫃塗し」ではある。
が、独断では、関西ではうなぎ(鰻飯の総称)の事を「まむし」と言い、まむしは元々が「まぶし」の転訛だから、それにも引っ掛けているのではないか、と勝手に推測を逞しゅうしている。
《「ひつまむし」の名称もあり、地元では両方の呼び名が通用する。
なお「まむし」は、関西を中心とした方言で鰻飯をいう》
事実、この櫃まぶしのうなぎは蒸さずに焼く関西風だからこそ、皮がパリッとしていて細かく刻むことが出来るので、蒸してから焼く関東風ではグチャグチャにくずれてしまって作れないらしい。
蒸さずに焼いたうなぎを使用する事によって、お茶漬けにした場合でも形が崩れず、風味を損なうこともないというころがポイントだ。
さらにわさび・あさつき・のりといった薬味と、お茶の味が上手い具合に調和して、うなぎのしつこさが消えて知らずに何杯でも食べられるというのが、なんとも不思議なところである。
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