まだ業界では駆け出しだった5~6年前、『NTT某』の仕事で元請けをしていたこのK社の親会社の大きなビルへ面接に訪れた時は、ケンモホロロに肘鉄を食らわされた事があった。その当時は、一度はこんな台詞を吐かせてみたく思ったものだったが、現実にこうまで当て込まれてはハナからやる気がないだけに、負担ばかりが重荷となるのである(勿論、今回の件に関しては、こちらの能力に惚れ込んで食い下がっているのではなく、単にこの土壇場に来て『世界のT』の信用を失いたくないがための奔走とあっては、尚更しらけるばかりである)
そんな平行線のやり取りが、延々2時間も続いた。いい加減、手も痺れてきた頃に遂に痺れを切らせ
「まあ、それぞれ立場はあろうかとは思いますが、どう説得されようとも、断る意志に変わりはありません」
「うむむむ…… 例えばですね、にゃべっちさん。この仕事に関しては、にゃべっちさんの言い値でやってもらい、次の仕事はウチが保証するという条件では・・・」
「そういう話を訊いては、尚更出来ませんな。それを目当てに、変心したことになりますからね。ところで気持ちはわかりますが、もう2時間も話していていい加減手も疲れて来ているのですが・・・」
「そうですか・・・どうしてもダメと?」
「誠に申し訳ないのですが・・・」
と、なにやら電話の向こうでボソボソとやっている声が聞こえたかと思うと
「もしもし、にゃべっちさんですか?
お世話になります、Mです。先日は、どうもどうも」
と面接の時に2人出てきた方のうち、年配の営業課長が電話口に出て来た。
「どうも・・・困ったことになりました。ウチでの面接の時に
『3月x日から出られますか?』
と訊いた時は、にゃべっちさんは
『出られます』
とハッキリ言われましたよね。すると今になって出られないというのは、これは契約違反と言うことになりますが・・・」
「はぁ・・・?
契約違反?
なにをバカな。
まだ正式な契約なんか交わしてないのに、違反も何もないものでしょう」
「いいえ、この間のあの遣り取りで、もう契約は成立してます。ウラを取ってください」
「ホォ・・・どこに契約書がありますか?
第一、あれはまだ元請けの会社に行く前だった。それで、あの後に訊いた話は、最初とは随分違ってましたが。あんな口約束で契約成立とは、こっちが無知だと思ってあまりバカにしないで貰いたいですが」
「口約束だけでも、契約は成立します。ウラを取ってください」
「さっきから
『ウラを取れ』
ってのは何なんですか、それ?
刑事ドラマのアリバイ調査じゃあるまいし、アホラシ」
「今になって、指定した日に出られないというのは契約違反となり、損害賠償を請求されるような問題ともなります!」
期待した成り行きとは行かず焦りが益々募ってきたのか、当初の紳士ぶった仮面をかなぐり捨てて最早、絶叫せんばかりの口調だから、こちらもそろそろキレ始めて来た。
「私を脅かそうというのですか?」
「いえいえ。
そんなつもりは毛頭ありませんが・・・にゃべっちさんではなく、ウチが訴えられるんですよ~」
そんなつもりは毛頭ありませんが・・・にゃべっちさんではなく、ウチが訴えられるんですよ~」
「バカバカしい。そんな事でいちいち訴えていたら、T辺りは毎日、裁判沙汰に追われなきゃならんでしょう」
「本当なんです。契約違反としてウチが・・・」
脅しが通用する相手ではないと見るや、今度は一転して泣き落としに出てきたが、ここに至って遂に堪忍袋の緒がキレた。
「もう、いい加減にしてくれませんか!
大体、オレは直接オタクと契約しているんじゃないんだし、こっちは直ぐに断ったのに、グズグズして返事を送らせていた奴らの責任でしょうが。そういう話なら、CS社のYさんなりと直接話すのが筋なんじゃないのか。
オタクら元請け会社ってのは、普段は
『会社同士の取引だから、所属会社を通してくれ』
とか言ってハナも引っ掛けないくせに、困ったときだけ直接こっちへ電話をしてくるってのは、身勝手すぎるでしょうが!」
本来なら、契約会社として奔走しなければならないはずのST社のTは、とうの昔にどこかへ雲隠れしてしまったのか、この泥仕合の間まったく音沙汰がなかった。
このゴタゴタの少し前に話の来ていた富士通関係の会社から、新たな提案が齎されてきたのは翌日のことであった。
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