2004/02/12

二つの依頼(詐欺師の本性part1)



 世の中には「バイオリズム」なるものが存在するらしく、人間の営みにおいてもこのバイオリズムが上向いている時は何をやっても面白いように巧くいくが、ひとたびこれが負の傾きに突入するや、いわゆる「ドツボにハマる」というように、なにかと悪い事ばかりが重なってくるらしい。調子の良い時は積極的に行動を仕掛けていくのが良いとされるが、逆にバイオリズムが下降している時は出来る限り何もせず、次の周期が巡ってくるまでじっとおとなしく構えているのが良い。こんな事は誰しも理屈では百も承知なのだが、そこが人間の浅墓さでいざ一つの過ちに直面すると、なんとかして挽回しようとヘタに動き回った挙句に泥沼の深みに填まり込み、挙句は足掻きもがいた末に滑稽な悲喜劇が生まれるものなのである。

 今、まさにそんな負のバイオリズムの深みにどっぷりと嵌り込み、ひたすらにバイオリズム好転のタイミングをじっと推し量らんとするオトコの姿があった。 転職活動は思ったように捗らず、好きなクラシックを聴きながら日々の無聊を慰めていたが、その最後に残った日常のたった一つの楽しみまでが奪われる事になろうとは。購入後5年、これまでほぼ1日欠かさず主の命ずるがまま、忠実に美しい音色を発しつづけて来た自慢のオーディオ機器が、何の因果か突如としてウンともスンとも動かなくなってしまったのだ。

 「なんてこった! 
 どうしてこう、何もかもが巧くくいかんのか?
 お祓いでもして貰わにゃいかんなー」

 とボヤいてはみたものの、メーカーに問い合わせたり修理依頼に纏わる手続きの煩雑さなどは、考えただけでウンザリする。さりとて「音楽無しの生活」には、到底耐えられない。オーケストラの重厚かつ繊細な音色は、とてもじゃないがPCのオモチャのようなスピーカーで満足ゆくようなスケールの代物ではないだけに、思わず頭を抱える羽目になった。

 (ええい、こうなりゃ、窮余の一策)

 とばかり、オーディオのカバーを取り外してから素人なりの勘を働かせ暫くゴチャゴチャと弄繰り回していると、鬼の一徹が実ったか案外あっけなく直ってしまったのだった。

 或いは、これがバイオリズムが好転していく兆しででもあったか、この数日後に2年程前に接触がありながらその後は、とんとナシのツブテだったF関連の某社から

 「《世界のxxx》の新技術に、携わってみませんか?」

 とお誘いがかかったのを皮切りに、SK社T社長からも『世界のS社』関連のオファーが舞い込んできたのである。これまでの経緯から、あまり当てには出来ないSK社のT氏の方は後回しとし、富士通関係の会社の方から話を訊いてみると、ネットワーカーにとってはなかなか魅力的に思える内容である。勤務場所となるのは名古屋近郊にある郊外都市で、通勤に片道1時間半近くを要するのはギリギリ許容範囲だったが、なお細かく話を訊いてみると

 「新規プロジェクトの立ち上げから始まりますので、目下のところスケジュールは確定してませんが、かなりタイトなものになるようです」

 との事だ。夜の勤務はともかくとして、朝だけは何より滅法弱いだけに「早朝勤務」が大いに引っ掛かり、その点を更に質してみると

 「実稼動に入ってみないとハッキリしたことはわからないらしいですが、障害発生時の対応は除外しても普通に朝7時半くらいからとかもあるみたいですね」

 「7時半とは、また異常に早いですね。ま、それはタマの事でしょ?」

 「それが・・・何しろネットワークやらサーバの障害対応という性格上、24時間稼動のシステムは当然ですがメンテなど、システムを止めて作業をしなければいけない場合、最も影響の少ないのが早朝の時間帯という事なので、その時間帯の対応は結構出てくるようなお話でした・・・」

 (ウムム… 折角いい話だと思いかけていたのに、朝7時半なんてのがそう頻繁にあるんじゃ辛いなぁ)

 などと思索に耽っていると

 「いかがでしょう? 
 やってみませんか?」

 「うーん、うーん」

 「何か問題でも?」

 まさか、いい歳をして

 「朝早く起きるのが辛いので・・・」

 などと言う訳にもいかず

 「電車のダイヤに対応できるかどうかに、多少の引っ掛かりが…」

 と、返事を摩り替えておく。

 「車での通勤はダメなんですか? 
 駐車場の許可は、申請がおりれば大丈夫かと思いますが」

 「車は売り払ってしまって、今は所有してないんですよ」

 「そうですか・・・
 ま、今はまだ案の段階で正式なものではないので、一度時間の調整が可能かどうか先方にお願いしてみます。
 いずれにしても、大きく変わることはないでしょうけど・・・」

 とのことだったが

 (あの天下のxxx社が、そう簡単に案を変えるわけがないよ・・・)

 と、腹の中で毒づいた。

 そんな動きがあった頃、もう一方ではまたぞろ例のSK社のT社長からの魔手が伸びて来た・・・

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