そんな動きがあった頃、もう一方ではまた例の悪癖が頭を擡げ
「今度は良い感触だよ」
と、例のSK社のT社長がほざいていた『SONY』案件は呆気なく消滅し、穴埋めのようにして新規の案件を新たに持ち出してきていた。
「どう、こんなのやってみる気ない?」
「その前に・・・この間の件の返事が未だなんですが。まあ、大方の想像はつきますがね」
「うん、あれはやっぱりダメらしい・・・で、さっき言った案件の方だけど、どうする?」
「まず、前の件の結果を先に知らせて欲しいんですが・・・」
「いや、ゴメン。それで、さっきの件だけど・・・」
「どうするったって、ミドル(ウェア)の導入設定なんて、これまでやった事もないですが」
「東京本社に泊り込んで、2週間の研修期間があるっていうからさ。ミドルウェアの導入経験はなくても、unixの知識があれば大丈夫だってさ」
なるほど。約1ヶ月の短期でこのような未知の経験が積めるのに加え、旅好きの身としては全国各地へ出張出来るという点も、大いに魅力ではある。が、その後T氏から提示された条件は、信じられないほど低かった。
「は??
なんですか、それは?
冗談みたいな金額ですね・・・」
冗談みたいな金額ですね・・・」
「そう、安いんだよ、これ。でも1ヶ月の短期だし、次が決まるまでの繋ぎと割り切ってやれば、その間無収入よりはいいんじゃないの」
確かに先々役立つものなら、儲けは度外視ということも考えられなくはないが、なにしろ間に入っているのがこれまで散々人をダマクラカシテきた上に、未だ恬として恥じるところのないT氏だけに、果たして額面通りに信用していいものなのか、判断がつきかねた。
「しかし、それをやってる途中で良い案件が出て来た場合は、困りますね」
「その時は誰か交代要員を出して、代わって貰うから」
(2週間も研修しといて、そんなことが出来るわけねーだろが!
トコトン、いい加減なオッサンやな)
「とにかくさ、話だけでも訊いて来たら?
訊いた後で、嫌なら断れば良いんだし」
訊いた後で、嫌なら断れば良いんだし」
「そうですな。じゃあ、ともかく話を訊いてみますか。ただし、やるという約束は出来ませんが」
「それは勿論、お互いに選ぶ権利はあるわけだから・・・その点は、全然大丈夫だって」
先にオファーのあった別案件は社内調整中でペンディングになっていた事もあり、こうして気軽に考えた事が命取りとなろうとは。
(とにもかくにも、話を訊いてからだ)
という白紙の状態で、指定の場所に向かうと待ち受けていたのは誰あろう、かつてF本社面接で苦い体験をした時の下請けとなっていた、CS社のY氏ではないか!
Y氏とは2年程前から面識があり、これまでにも2~3度の案件紹介があったが、いずれも途中で立ち消えになったりで、前回のF以前前からも「あまり信用出来ない人物」と評価していた。
「やあ、にゃべっちさん、久しぶりですね」
最初に詫びのひと言も出ると思いきや、あたかも何事もなかったかのように笑顔を見せるこの人物に対し
(この前のあれは、一体どういうことなんだ?)
というセリフが喉元まで出かかったが、Y氏の横にはもう一人面接に臨むらしい人物(仮に、A君としておく)が居たため、取り敢えずこの場は一旦矛を収めておく。
担当者から話を訊くと、いつもの事だが事前にST社のT氏から訊いていた内容とは違い
「技術的には、大して難しいことはありません。
unixの基本知識があれば問題なくこなせるような事ですが、寧ろお客さん(エンド=xxx社の社員)との接触が重要になってきます」
とのことで、やや興味を失いかけたところに
「ところで、この仕事は3月から4月にかけての契約となりますが、その点はお二方とも問題はないですね?」
と確認をしてきた時、A君が
「実は・・・私の方は今、就職活動をしているところでして、1件ペンディングになったままの案件があるのですが、もしそちらが正式に決まれば4月1日からということになりますので、こちらの方は3月31日まででお願いしたいのですが・・・勿論そちらが不採用の場合は、問題はありませんけど・・・」
「いえ・・・この案件は短期ですが2週間の研修期間がありますから、最後までやっていただくのが条件なのです」
とA君の寝惚けたような申し出は、当然ながら即座に却下された。
「ということで残念ですが、Aさんの方は今回の案件に関しては見送りということで・・・で、にゃべっちさんの方は、その辺りは大丈夫なんでしょうか?」
この時、脳裏には保留中になっているxxx社案件が脳裏を掠めたが、この場は
「大丈夫です・・・」
と応えておく。
「それではにゃべっちさんは、明日我々営業2人と一緒に、元請のT社(の子会社)に行って頂きますので、よろしく」
という運びとなった。
同行のA君は
「また、別件があればご紹介します」
というY氏の言葉を受け去っていったため、後に残ったのは因縁浅からぬ2人だ。Y氏の風呂上りのようにツルリとした童顔を見ているうちに、数ヶ月前の怒りが沸沸として蘇ってきた。
「ところで・・・この前の富士通の件ですが、なんですかあれは?
まったく、バカにしてるじゃないですか。あんな適任者がいたのなら、何も私を同席させることはなかったでしょうに」
と、早速クレームをつけると
「いやー、あれはボクも直前まで、どういう人が来るのかは知らされていなかったんですよー。完全な出来レースというか、確かにあれはバカにしてましたねぇ」
と済ました顔で、あたかも
(あの時はオレも、騙された被害者だったんだ)
といわんばかりに、シレっとしていたのには呆れた。
「あの後、例の会社の人には何と言いました?
もう名刺はどっかに捨てちゃったので、社名も覚えてないけどね」
「勿論、あの後直ぐ、厳重に抗議しましたよ!
向こうも『ゴメンナサイ!』と謝っていましたがね」
(ウソを吐きやがれ!)
「まあ、あれは確かに災難でしたが・・・それはそれとして、今の話はどう思います?」
「うーん・・・事前にT氏から訊いてたのとは、かなり違いますねー。技術的な事だけをやっていれば良いのかと思ってたけど、xxx社の社員との折衝となるとチト厄介ですな」
xxx社の社員の横柄な体質は、業界では有名だった。
「まあそうかもしれませんが、そういうのをやってみるのも良いんじゃないですか?」
「正直、どっちでも良いという気がしてますが・・・」
ここで話が終わっていれば恐らくは何の問題もなかったろうが、T氏に対する度重なる不信感に加えこれまでにも面識があり、年齢的にも近いY氏に対する気安さも手伝って、ここでまたしても余計なひと言を漏らしてしまった。
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