「どうやら、これはTの仕組んだ罠だったようですね。しかしいずれにしろ、あの話はもう午前中にTに断っていますから」
「Tさんには、断られたんですよね。ですから最初のお話の通り、ウチと直接やっていただきますよ」
「いや、それも含めて、もう断ったんですよ」
「でも、もうTさんのとこは断って、関係がないわけですから」
「と言ったって、またゴチャゴチャとイチャモンをつけてくるに決まってるからね」
「だから・・・もうTさんのとこは、関係がないわけですから」
『オレを飛ばすなよぉ!』
と、綿々とした繰言ばかりを繰り返した挙句、一人合点してキタナイ罠を仕掛けてきたTの手口には心底呆れ返ったものだが、しかしながら最初に窓口として仕事を紹介してきたのがこの人物であったことも、また動かしがたい事実だけに
「なんだかんだいっても、この件は最初にTのとこから来た話であることは確かなので、やっぱりこういうやり方はトラブルの元になりかねない。やり方は汚いですが、怒る事自体はわからんでもないですし、やっぱりここまでこじれてしまっては、どうにもならないと思いますよ」
正直、これまでのゴタゴタですっかりやる気を失ってしまっていたものの、Y氏のCS社(社長はY氏の父)や親受け会社は、それどころではない切羽詰った状況だったらしい。
「Tさんの事はこの際忘れて、ウチと直接なら金額的には満足なものなわけですから、もう一度考え直してはいただけませんか?」
「金額的にも、全然満足じゃないですけどね。以前、これと同じような単発の導入支援をした時は、残業別で月xxくらい貰ってたし」
「じゃあ、ウチもxxまで出しますよ」
「いや、金の問題ではないですから。勿論、最初からそうなら喜んでやったかもしれませんが、とにかくこういったゴタゴタは嫌でね」
「しかしですね・・・」
と、それからもしばらく押し問答が続いたが、最早やる気を失っていただけに、いくら話したとて溝が埋まることはありえない。
珍しく食い下がっていたY氏も、遂に説得を断念し
「この仕事を断ると、これから(世界の)T関係の仕事は来なくなると思いますが、それは覚悟の上ですか?」
と、最後には恫喝してきた。
「バカなことを・・・Tの窓口なんて、いくらでもあるよ」
「でも、元は一つですよ」
「へ~、世界のTってのは、そんなちゃちな企業でしたかねー」
現に、ここでこうした不毛なやりとりをしている間にも、全く別のルートでTの別件が進行中だったのだ。腹の中でせせら笑いながら
「それはまあ、仕方ないねー。御社や元請のブラックリストに載る事は、覚悟の上ですよ」
と、皮肉をかますと
「別に、そこまでは言ってませんが・・・」
と、Y氏の苦笑いが聞こえてきた。
こうして、ようやくY氏から開放され遅くなった夕食を済ませると、今度はCS社親受けの営業担当者から電話が入ったのである。
「CS社のYさんから、お話を伺いましたが・・・にゃべっちさん、なんとかやっていただくわけにはいかないのでしょうか?」
と、実にやるせない切実な懇願口調で・・・
仕事の開始は、翌月曜日。この日が金曜日だから実質あと僅か2日しかないだけに、先方の焦りは電話越しにも手にとるように伝わってくる。
「しかし(親請けの)×社の面接官は
『この後もまだ何人か残っていますので、今日1日待ってください。明日中には、必ず結論を出します』
とかなんとか、大見得を切ってましたよね。あの口振りでは、代わりの候補者なんぞいくらでもいそうでしたが・・・」
あの怒ったような口調が感じの悪かった、SEの吐いた台詞を皮肉って見せると
「『是非、にゃべっちさんでお願いします』
という先方(元請け)さんからのご指名なので・・・代わりの人間で、というわけには行かないのですよ。もうTさんにも、にゃべっちさんの経歴でゴーサインまで行ってますから、どうしてもにゃべっちさんにやって頂かないことには・・・」
どこまでも遜った口調ながら、一歩も引かぬ構えである。
「そう言われましても、こちらではもう結論を出したことですし、今更もう無理ですな」
「お願いしますよ、本当に。月曜日に、にゃべっちさんに出ていただかないことには、うちも元請けさんも困ったことになってしまいます。こういうのは何ですけど、にゃべっちさんにはここまでご無理言ってますので、ウチとしても出来る限りは便宜を図ろうと・・・」
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