契約はまだ半年近く残っていたが、所属のS社に一部始終を伝え
「あんな酷い環境では、もう続けられん」
と言うと、S社の上位会社であるM社からヒアリングに呼ばれた。S社の担当のU氏とともにM社を訪ね、担当R氏にことの顛末を説明して証拠のログも見せた。ログは残業があった場合と、なにもない場合という二通りのホストマシンのログを印刷したものである。残業のあった場合は、18時以降の時間入りで利用者の部署やユーザー名、或いは膨大な作業ログが残っており、誰も残業していない日は決まったバッチジョブがタイムスケジュールによって流れているだけだから、素人目にも問題の当日に誰も使用していなかったのは歴然なのである。
「本来は外部には持ち出し禁止でしょうが・・・自分の身を守るためだから仕方がない」
と言うと、頷いたR氏は
「ログを取ってきたのは、非常に適切な措置でしたね。これで有無を言わさず、嘘を追及できますな」
とニヤリと笑い、U氏を見た。
「あのデタラメな報告をした人間と、対決したいですな。このように証拠のログもあるし、場合によっては(役所の)Aさんにも事実関係を確認してもらおうと思いますが」
なにせ、こちらには証拠のログがあるのだから、誰が嘘を言っているかは一目瞭然なのだ。
「まあまあ・・・気持ちはわかるけど、落ち着いてください」
とR氏は言うと、U氏に対して
「これは(取引に)使えるな・・・」
と言った。
「そうですね・・・いずれにしても、まず彼の潔白は証明しないと・・・」
と言うと、R氏は
「勿論、当社としても、これは厳重に抗議しますよ。事情はわかりましたから、後のことは私に一任いただけますか?」
と言った。こちらとしては、まず不当な濡れ衣を晴らした上で、このような悪質な行為を働いた犯人の責任を徹底的に追及したいところだったので「(取引に)使える」というような不純な考えを持っているR氏にはどうも信用が置けなかった。
U氏に「あの人で大丈夫なのか?」と聞くと
「Rさんも今日はあんな風に言ってたけど、最初に電話でこの件を伝えた時は酷く怒っていたんだよ。前から良く知っている人だけど、ちゃんと筋は通してくれるから心配ない」
と請合った。話した感触ではどうにも信が置けない気がしたが、ともかくこの段階では成り行きを見るしかなかった。
「事件」のあった数日後に、問題のC社のT部長と担当営業のM氏が来名し、ホテルのティールームで会見がセッティングされた。C社側は、現場リーダーのX氏を加えた3人で、肝心の「犯人」と目されるBやHの姿はなかった。こちら側は、M社のR氏と2人だ。
動かぬ証拠となるログを突きつけ、こちらとしてはR氏と一緒にC社の謀略の責任を追及して有無を言わさぬ覚悟で望んだが、R氏とC社の面々は初対面の名刺交換を済ませると、穏やかに世間話に花を咲かせた。話がひと段落するのを見計らって、証拠のログを提出してC社の責任追及を始めたところ、R氏が
「まあ、いいじゃありませんか・・・」と遮った。
「今日の集まりの趣旨は、一体なんですか?
例の茶番について、誰がいい加減な報告をしたかの事実関係を明らかにするつもりで、私はここに来ていますが・・・」
と、誰にともなく言うと
「今回の件は、最初からボタンの掛け違いがあって、迷惑をかけたようです・・・ただ誰がどうこうと言うことではなく、今後も頑張って業務に取り組んでもらいたいという趣旨で・・・」
と、M氏が誤魔化しを言うと
「東京と名古屋でなかなかこうして話す機会がないから、今後は行き違いがないように連絡を密にしような・・・」
と、T部長も惚けた事を言った。本来なら、こちらに加勢して責任追及の先鋒にならなければいけない立場のR氏までが
「まあこれまでの誤解は水に流して、今後は仲良くやっていきましょう」
と、信じ難いセリフをほざいた (-。-)y-゜゜゜
このやり取りには驚いたものの、考えてみれば向こうはぶっつけ本番というわけではなく、事前に電話で下交渉的な「取引」をしてきているのだろう。ありていに言えば、R氏やS社は顧客であるC社のT部長に「丸め込まれた」のが歴然だった。
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