虚言
普段から顔見知りのA氏の温厚な性格は知っていたが、どう考えてもその程度のことで怒る人物とは思えなかった。
「一体、誰がそんなデタラメな報告をしたんですか?
それが、いかに人を陥れるための酷いデタラメであるかを証明するため、是非とも本人と対決させて欲しい」
と、強く申し入れると
「役所のAさんから、問い合わせがあったんだ」
と逃げた。
役人のA氏の名を持ち出せば追求の矛先をかわせるだろうとの、実に安易な逃げとしか思えなかった。
役所のシステム課でもないA氏が、わざわざ面識もない東京のT部長に連絡をすることなどあろうハズがないし、そもそもシステム課の担当者以外がC社やT部長の存在など、知っているはずがないのである。
が、このような身に覚えのない濡れ衣を着せられては、火の粉は断じて降り払わなければならない。
まずホストマシンのログを調べると、やはり予想通り前日の定時以降は誰ひとりとしてログインしていなかった。まず、この事実をT部長に伝えると
「いや、それはだな・・・つまり、やっぱりやろうと思って来たんだけど、結局誰もいないからってんで仕方なく諦めて帰ったそうだ・・・」
と、またも見え透いた嘘を重ねた。こちらが帰る時まで、BはずっとHとバカ話に興じていたではないか。あの調子では21時くらいまでは優に居そうだったから、本当に必要でやりに来たのであれば出来ないはずはないのである。
「Bは当日の担当ではない」というのはあくまで内輪の話であって、クライアントたる役人に対しては、どちらかが待機していれば問題ないのである。
が、念のためA氏に
「昨日予定していた分は、いつやりますか?」
と、さりげなく「裏取り」してみると
「別件が入ってしまって、まだ予定できていないのでね・・・しばらく先になるかな」
という回答だった。ここに至ってT部長の言い掛りが、まったくのデタラメであることが証明された。
ここまでの調査結果を伝えると
「オマエの言い分は、わかった。しかし変だな・・・なにか、ちょっとした行き違いがあったかもしれない・・・まあ、オレも特に気にしているわけじゃないから、オマエもあまり気にしないでくれよ・・・」
という、なんともふざけた返答だった。
「ちょっとした行き違いって・・・仕事を放棄して帰ったとまで侮辱しておいて、そのような言い草がありますか?
なんで、ちゃんと真相を究明しようとしないのか?」
と抗議すると「もう一度、確認してみるから」と、途中で電話が切られた。前日、リーダーのX氏は定時で上がっていたので、残っていたのはいつものように勤務時間中からバカ話に興じていたHとBの二人だから、どちらかがこのインチキな報告をしたことになる。チンピラ上がりで態度の悪いBとは、最初から最悪の関係だったから彼が嫌がらせでやった可能性はあるが、元来が小心者で突っ張っているだけのあの男が、自らT部長に連絡する度胸はないと予想できた。
となると、報告したのはHか?
普段付き合いのない彼が、このような人を陥れるための悪質極まるデタラメ報告をしたというのも不可解だが、或いは日頃からBに嘘八百を吹き込まれて、愚かな同情心を起こしたのかもしれない。或いは、たまたまT部長から電話が入ってタイミングで、軽い気持ちで嫌がらせを思いついたのかも知れぬ。
その場にいなかったリーダーのX氏は、いかにも無関係なように見える。が、リーダーとして信頼されているX氏には、T部長も必ずなんらかの確認をしているはずだから、オトボケを決め込んだというレベルを超えて、ひょっとすると一枚咬んでいる可能性も大いに考えられた。少なくとも双方の意見を聞いて誤解を解こうという、リーダーとして当然しなければいけない義務は、最初から放棄していたことだけは確かである。
「なにかの時に、まったく頼れるような人じゃないですよ。絶対に、なんもしてくれんから」
という、K君の吐いていた捨て台詞が蘇った。いずれにしても、このようにして思わぬ身近に「刺客」が潜んでいた事実を突きつけられては、今後またどのような突飛な濡れ衣を着せられるか知れたものではない。ともかく今回に限っては、相手がマヌケだから証拠を揃えることが出来るのを幸い、定時後に誰もログインしていない証拠の前日ログを出力して密かに保管し、来るべき「対決」に備えておく肚を固めた。
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