『管弦楽のためのハンガリー狂詩曲』は、ピアノ原曲から6曲を選んでオーケストラ版に編曲したもので、いずれもがドップラーという弟子との共作である。
全6曲の中では『第2番』が圧倒的に有名となったために、他の5曲は些か影が薄くなりがちだが、それぞれに異なる特徴を持ったいずれ劣らぬ名作が揃っている。
この曲集に触れたワタクシはすぐに虜となり、早速原曲のピアノ曲との聴き比べをした。
その結果
「なんで、こんな風になるんだろう・・・・」
と、その煌びやかなオーケストレーションに、すっかり魅了された。
ところが、編曲者のドップラー自身の作品で有名なものと言えば『ハンガリー田園幻想曲』という、5分くらいの小品一作くらいしか知られるものがないのだ。
あの『ハンガリー狂詩曲』で見せた、鮮やかな編曲の手並みにすっかり酔い痴れたワタクシとしては
(これほどの才能のある人が、なんで自作に名曲がないのか?)
と不思議でたまらず、何度もクビを捻ったものだった。
しかし考えてみるに作曲と編曲とは全然別物で、まったくの無の状態から何かを創り上げていく才能と、既に形のあるものをアレンジしてより良く(或いは別のものへと)作り替えていく才能とは、やはり次元を異にするものなのだろう。
或いは帝王・リストに目を掛けられた見返りに、手足として散々に扱き使われたがために、自作を充実させるまで手が回りきらなかったのだろうか。
一般に『ハンガリー狂詩曲』の名で親しまれている作品集は全19曲からなるが、その創作は2期に分かれている。
1851年から53年にかけて出版された、第1番から第15番『ラーコーツィ行進曲(ラコッツィ行進曲)』までの作品は、リストが1839年と1846年にハンガリー訪問をしたことがきっかけで作られた作品群(『ハンガリーの民族旋律S.243』と『21のハンガリーの民族旋律と狂詩曲S.242』がそのルーツとなっている。
一方、第16番から第19番までの作品は、晩年の1882年から85年にかけて作られたものである。
その中で、第2番(原曲は本来「第12番」だったはずだが、オーケストラ版の「第2番」が有名になりすぎたため「第2番」で表記されているケースが多い)は、曲集中最も有名な作品だ。
随所にカデンツァを挿入する箇所があり、リスト自身も複数のカデンツァを残している。
ホロヴィッツがアレンジして演奏したことでも知られる。
細かな装飾音符による導入部に、導音をジプシー音階風に用いた主題が印象的なLassan(ゆっくり)が続く。
Lassanの中に既にツィムバロムを模した主題があらわれており、これがFriska(速く)の最初の主題となる。
この楽曲のFriska部分は、更にジプシー音階風の主題(嬰へ短調)でテンポを上げ、Vivace(いきいきと速く)の力強い主題(嬰ヘ長調)や「クシコスポスト」で耳なじみの主題が、次々と現れる。
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