2004/01/30

暴挙 ~ X氏への遺言(第二部)「転」(2)


「そうだな・・・そうまで言うなら、Mさんにいいものを見せてあげましょうか・・・」

「・・・」

「ちょうど手元にあるし、真相がわかったつもりでいるかもしれないが、実際には例の件が御社に都合よく脚色されて伝わっていることだろう。それにX氏だけに手渡すよりも、なんらかの証拠として第三者の客観的な記憶にも残しておくのもいいだろうしね。それには、Mさんが適任かもしれない・・・」

と「X氏への遺言」(『第一部』の内容総て)を取り出し、M氏に手渡した。

最初は不思議そうな顔をしながらも、やがて読み始めるや食い入るようにモノも言わず一気に読んでしまったM氏は

「うーん、これは驚いた・・・」

顔を上げた時にその目が潤んでいたのは、あながちアルコールのせいばかりでもなかったかもしれない。

「で、これをどうするんですか・・・?
Xに渡すと?」

「ええ・・・最終日にね」

と言うと、M氏は再び黙々と読み始めた。最初は顔色が変わっていたのがハッキリとわかったが、二度目はかなり冷静に吟味しながら読んでいる様子が窺え、時折笑いなども見られた。

「なるほど・・・これを読んで、にゃべっちさんの考えが良くわかりました・・・そこまでの覚悟がおありならXには是非、これを叩きつけてやって下さい!」

「言われるまでもない」

「そして先に言った仕事の件も、良く考えて良い結論を出してください」

いつの間にかM氏の方は、何故か晴れ晴れとした表情に変わっていた

「ところで・・・MさんはK君が何故、御社を辞めたがっていたかの原因は知ってましたか?」

「勿論、知ってましたよ。ぼくは総て、Kから本音を聞いていたからね・・・彼がまだ入ったばかりの頃、Xから丁稚のように扱われて頭に来たというんでしょ。入社して直ぐに「辞めさせてくれ」と行って来たのには、僕も驚いたからね・・・
あれにしても若いK君のわがままという面もあるんだろうけど、結局はXの管理能力のなさに尽きると思うんだよね・・・」

「その経緯は、私もK君から聞いてますが」

「にゃべっちさんは、彼がなぜ髪を切らなかったのか知ってる?」

「いや、知らない・・・そんな大層な理由など、あったのかな?」

K君といえば、役所の面々の間でも有名になっていたくらいに長髪がトレードマークで、最後の方はあまりに長くなりすぎたために、ちょん髷のように後ろで縛っていたのは当時としてはかなり異色なスタイルであった。

「C社に入社してから、一度も髪を切った事がない」

という話は、本人から訊いていたが・・・

 「伸ばし続けている理由までは、訊いた事がなかったな・・・単なる不精だと思ってたけど、何か理由があったんですかね?」

「あくまでも想像だけど、あれは我々に対する当てつけだったんじゃないかな・・・月例会(打ち合わせ)で来る度に、部長が

『早く髪を切れ』

としつこいくらいに煩く言っていたから、わざと意地になって伸ばしていたんだろうね。それに自分からは辞められないから、役所の方からNGを突きつけられるのを期待してたんじゃないか、ともみんなで推測していました」

しかしながら、案外とズケズケと言いたい事を言っていた役所の担当者が、K君の長髪について触れるのは終ぞ聞いたことがなかった。いかにK君が辞めたがったところで、相手は泣く子も黙るお役所であり年度が替わるタイミングまでは病気で入院などでもしない限り、自己都合で辞める事は許されないのである。

そうして拝み倒されて1年間我慢し、ようやく辞められると喜んでいた矢先に、思わぬハプニングが起こった。契約満了で円満退職するはずだったK君ではなく、先輩格のパートナーがつまらぬ理由からウルサ型の専門官に睨まれ、NGを突きつけられたのだ。当時、事務で雇われていた派遣の女性と暇さえあれば談笑ばかりしていたのが、気難し屋で知られる専門官の逆鱗に触れた(これを期に、派遣契約も反故にされたらしい)ためで、これによってさらに半期の延長を拝み倒されたK君の苛立つ気持ちは、確かに理解できた。

「ボクが今日、何故上着を着てきたかが、わかりますか?」

といつものふてぶてしい面構えで、K君がニヤリと笑った。

「面接・・・か?」

「そうです。  アハハハ」

夏に上着など着てきた事のないK君が、既にプログラマーに向けての就職活動を始めていたらしく、職場での仕事は総てこちらに任せ切りにして、本人は次の仕事に向けてプログラム(VB)の自習ばかりしていた。

「そうそう。ボクは、にゃべっちさんの引継ぎがあって有給をまったく取ってないんで、12日分も溜まってるんですよ」

と、またもニヤリと笑った。

「まさか今月、それを全部消化しようというんじゃないだろうな?」

「そのつもりですよ・・・全部ね。という事で、9月は半ばまでしか出ない事になるでしょう・・・」

「そりゃ困るよ、おい・・・」

この時点では、まさかそこまで非常識な事はしないだろうし、仮にしようとしても役所の許可が降りるわけはない、とタカを括っていたがあくまでK君は本気であり、また役所もいい加減にメクラ判を押して、この暴挙を許可してしまったのである。

すでに「前例」があったのだ!

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