《Flash
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「にゃべっちさん・・・ちょっと話があるので外へ出ましょうか・・・」
「にゃべっちさん・・・ちょっと話があるので外へ出ましょうか・・・」
「喫煙所?」
「いや・・・人に訊かれるとまずいので・・・そうだな・・・下(のフロア)へ行きましょうか・・・」
「いいけど・・・」
普段は、自信に満ちた口調でズバズバと遠慮会釈なく鋭く切り込んでくるK君が、こんな歯切れの悪い言い方をするのは初めての事であった。
実はこの数分前に、X氏やK君の所属会社であるC社のT部長らが、月例打ち合わせにやって来て、例によって米搗きバッタよろしく役所であるクライアントに、ペコペコとなにやら挨拶をしていたのは目にしていた。その後、このT氏の口から思わぬ言葉が飛び出したのだ。
「Kだけどね・・・今月いっぱいで辞める事になったから、後の事はにゃべっちさんにお願いするよ・・・」
「さっきT部長から訊いたと思いますけど、ボクは今月一杯で辞めますので・・・」
「ああ・・・いきなりで驚いたし・・・まだまだメインでやれる自信がないよ。せめてあと数ヶ月でも、先に延ばして欲しいが・・・」
「無理です・・・もう、総て決った事なので・・・」
K君の口調は、彼特有のいつもの動かしがたい頑固なものに変わっており、その表情もいつもの気難しい顔に戻っていた。
「それで・・・今更、訊いても意味がないけど・・・辞める理由ってのは?」
「確かに、今更ですね・・・それを訊きたいですか?」
「なんせ急だし・・・なんか特別な事情でも、あるのかなと・・・」
「絶対に誰にも言わないと、約束するのなら言ってもいいですが・・・」
「言う相手なんていないさ・・・」
C社からの出向組とは、リーダーのX氏を含めていずれもソリが合わない事は、K君も良く知っていたはずである。
「まあ、にゃべっちさんは口が堅そうだから、言ってもいいですけどね。ただしボクが辞めるまでは絶対に、誰にも言わないで下さいよ」
と、K君はくどく念を押した。
「勿論」
「ボクは・・・」
と、K君はしかめっ面をすると
「Xさんが大ッ嫌いなんです」
まるで穢らしいものでも吐き捨てるように、言い切った。
(え?
それが辞める理由って、嘘だろ・・・)
「X氏か・・・確かに厭味っぽいところはあるけど・・・実際、オレもあんまり好きじゃないが・・・しかし、それが辞める理由ってわけじゃないんでしょ?」
「いや、辞める理由はそれですけど・・・」
「そこまで酷いのかな・・・?」
「それは今、立場が違うにゃべっちさんの認識が甘いだけです。じゃあ例を挙げればキリがないから、一つだけ挙げときましょうか・・・」
とK君の口からは憎憎しげに、入社したばかりの頃の「不快な体験」が、またしても吐き捨てるようにして語られた。
原点
「X氏が大嫌ッいなのだ!」というのは、職場を辞める理由としていかにも大人気ない、と思われるかもしれない。事情のわからぬ輩どもは
「X氏が大嫌ッいなのだ!」というのは、職場を辞める理由としていかにも大人気ない、と思われるかもしれない。事情のわからぬ輩どもは
「気に喰わんヤツがいるから辞めるなんて、それじゃ子供のメンタリティじゃん」
などと、安易に決め付けたがるだろう。確かに「気に喰わんヤツがいるから辞める」というのは子供のメンタリティであるし、モラトリアムだと言う見方も出来るが、それはあくまで外野からの推測に過ぎず、過去の背景を知らぬ者に本当のところはわからないのである。
過去の経緯から
「コイツとだけは、死んでも一緒に出来ん」
という結論が導き出されるのは、無きにしも非ずとも言える。いずれにしても、職場において必要とされていた有能な若者からX氏がNGを突きつけられた・・・これこそは紛れもない事実なのである。
「X氏がねぇ・・・そんなに酷いヤツとはなー」
「Xさんが元々そういう人物だというのを、にゃべっちさんが知らないだけですよ。ま、今度からにゃべっちさんがボクの立場になれば、嫌でも直ぐにわかるでしょうがね・・・」
と、K君は皮肉っぽく口を歪めた。
「しかし・・・話はわかったが、せめてもう少し早く言って欲しかったな・・・」
「まあ・・・その点は、なんとなく言いそびれていたボクも悪かったと、反省してますが・・・実を言えば、その入社した時のゴタゴタで嫌気がさしたので、ボク自身は会社に直ぐに辞めさせてくれ、と直訴したんですよ。しかし役所との契約があるから、年度末まで我慢してくれと頼まれて、仕方なく我慢してきたんですからね。本来なら、ボクは3月でお役御免となるハズだったんです」
だが、実際に交代したのはK君ではなく、前任者の方だった・・・
その話はC社営業のM氏からも訊いた通り、年度末でK君が辞める事を承認していたのである。ところがK君の先輩である前任者が、暇さえあれば派遣の女性事務員と仲良く談笑しているのが気難しいお役所管理職の不興を買い、突然にNGが突きつけられるという思わぬ事態が出来した。
そうしたことで、評価の高かったK君は拝み倒されるような形で、渋々残らざるを得ないことになったのだった。C社との話し合いで「半年の契約延長」で、渋るK君もようやく妥協したらしい。
「そういえばここへ来て1ヶ月後に、焼肉屋で歓迎会をやって貰ったじゃん。あの時に座が進んだ頃に、T氏(部長)から「社員にならないか?」と口説かれたんだよ・・・勿論、二つ返事で断ったが、あれにはそういう(半年後にK君が辞めるという)裏事情があったのか・・・」
「多分、そんなところでしょう・・・じゃあ話はこれで終わりなので、そろそろ席に戻りましょうか・・・」
とK君は何事もなかったかのように、いつもの鉄面皮のような表情に還っていた。
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