前回も紹介したように、元来が派手さや華美なものを嫌ったシューマンだけに、この曲も「三大チェロ協奏曲」の一角に数え上げられている割には地味な存在だ。
事実「三大」の仲間であるドヴォルザーク、ハイドンのそれと比べても、いかにも渋い。そんなわけだから、若いころ初めて聴いた時は
「これのどこがいいのか?」
と首を傾げたものだったが、年を取って改めてじっくり聞くに及び
「こんなに素晴らしい曲だったのか・・・」
と、ビックリしたくらいである。
同じく「四大」に数え上げられる作曲者のピアノ協奏曲が、やはり若いころは
「なんで、これが四大なのか?」
と唯一納得いかなかったのが、成長するにつれて「なるほど」と変化していったのと、まったく同じ経緯である。
そもそもシューマンの音楽全体に言えるのが、若いころはまったく面白く感じなかったのに、成長とともにその魅力がわかるというパターンである。この辺りは着物の柄を派手に飾るのではなく、あくまで見えない裏地に拘ったと言われる江戸職人に通じるものがありそうで、実際に聞き逃してしまうような細かいところに気を配っているのがよくわかるのである。
特にこの第2楽章は、全曲の中でもシューマン特有の哀愁と言うかロマンチシズムが溢れており、非常に聴き応えがある。
チェリストのジャクリーヌ・デュ・プレは、16歳の時に母国のロンドンでエルガーの協奏曲でデビューし一躍脚光を浴びたが、僅か28歳で「多発性硬化症」を発症し演奏が出来なくなった(その後、42歳で亡くなる)。指揮のバレンボイムとは、当時夫婦であった。
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