2004/07/25

外堀埋まる(東京劇場・第2章)part7

 仲介者でもあるコンサルのT氏は、あちこち顔が広いらしく名古屋では幾つもの会社に「顔が利く」と常々自慢していたが、東京にもそうした付き合いのある会社があったらしい。

そもそも、(流れた)最初の東京案件を持ち出してきた時も

「正式に仕事が決まったら、S社ではなくT社との契約という事になるから・・・」

とは訊かされていたが、今回の話がいよいよ決まりそうだという段になって  

「T社のB社長に電話して頂戴・・・にゃべさんは、S社ではなくT社との契約になるから、一度、B社長と打ち合わせをして欲しいんだ。お金が必要なら、B社長に融通つけて貰うから・・・」

勿論、T社もB社長なる人物に関しても、まったく知らなかった。

そもそもS社のA氏という人物に対しては、どことなく胡散臭げなイメージを嗅いでいた事もあり、また最初の段階での直接的な遣り取りで

「Aさんとは話の進め方等において、スタンスがかなり違うので・・・」

と申し入れて、S社案件をキャンセルして欲しい旨をT氏には最初に伝えてあった。それを踏まえて

「にゃべさんは、Aさんとは意見が合わないという事だったから、私の方でS社に直接話した上でT社にやって貰う事にするから」

という事になり

(これであの嫌味なオッサンとは、付き合わなくても済むかな?)

といわれるままに電話をしたのだが、電話の印象がどうもよろしくない。

「それで・・・『Tさんからは、ともかく住居の事もあるから、お金を融通してあげて』と言われてるんだけど、どうすればいいの?」

と、見知らぬ相手から電話でいきなり言われたのは、いい気分がしないではないか・・・

「それはTさんが勝手に言った事で、私は別にTさんに頼んだわけではないですが・・・」

「はあ、そうですか・・・良くわからないけど、今回の事はTさんから急に頼まれてね・・・そもそもS社なる会社も、Aさんなる人物ともお会いした事もないし・・・」

などと陰気な口調でボソボソと話すのに、なんとも気が重くなってきた。

(どうも、好感の持てんオッサンや・・・これならまだ、ハキハキしている分だけAの方がマシかも・・・)

などと考えているタイミングで、当のS社代表のA氏からお呼びが掛かった。

 S社のA氏からは、数日前に

「ぶっちゃけで訊きますが・・・にゃべさんとして、希望する金額はどんなものですか・・・? それによっては、話し自体を進められるのかどうかという問題も出てきますので、率直に訊いておきたいのですが・・・」

という問いかけがあった。

「希望ですか・・・うーむ・・・難しいとこですな・・・」

「じゃあズバリ訊きますが、xxくらいでは少ないですか・・・?」

提示された金額は、個人営業の時に設定していた単価を10万近く上回っており、T氏を介したS社案件という事で当初予想していた金額に比べれば、遥かに好条件だ。

「それならまあ、問題ないすね・・・Tさんに出してた希望はxxくらいですから、そのくらいなら文句はないですが・・・」

「了解しました。いや、何故こんなことを訊いたかといえば、Tさんからの要望では某社を間に挟んでという事で、にゃべさんがTさんを経由して、当社との取引という形にしたいという事だったので・・・Tさんに支払う分の計算もありますので、まずはにゃべさんの要望を訊いておかなくては、交渉が出来ませんでしたのでね・・・」

「某社というのは私も全然知らない会社で、今回の件でなぜ関係ない会社が絡んでくるのかわからない・・・まあTさんの事情によるものとは察しが付きますが、私としてはこれまでの経緯からしても御社との直接契約、若しくはTさんを介した契約が筋だと思いますが・・・」

「そういっていただけると、大変ありがたい。では私もTさんには、ご相談してみますよ・・・」

という経緯で、陰気オヤジのB社長の某社を外す腹は固まりつつあった。

元々某社などは、この案件に何の関係もなく、人物的には好かないS社のA氏とはいえ、これまで酷暑の中を何度も汗を掻きながらN社へ奔走してくれた事実を考えるなら、やはり契約を成立させたS社及びA氏に頼むのが筋というものであろう。

といった趣旨の話を、T氏に電話で告げると

「それはそれでいいよ・・・私は総て、にゃべさんのためによかれと思ってやっている事だし、なんなら某社は外してもいいんだよ・・・」

という返答からも、T氏がどんな形であれこの案件をスムーズに決め、自らの面子を保ちたい気持ちは明らかであった。

そして数日後、S社のA氏から

「至急ご相談したい件がありますので、お越し願えませんか・・・いや、私の方で指定場所まで伺いますが・・・」

という連絡が入った。

 相手とは違ってこっちの方は暇な身の上だから、会社のある神田駅前で待ち合わせをする事にした。

「仮の契約書を作りました・・・まず給与ですが、月額xxで行こうと思います・・・取り敢えずは9月以降の3ヵ月契約という形にして、後はプロジェクトの開始に伴って更新していこうと・・・で、今日からの今月の残りの分は、日割り計算でお願いしたい・・・取り敢えず来週月曜から、朝の9時半に当社へ来てください」

「来週から出社なら、待機保証は来週からでいいですよ。それと、今月は試用のようなもんですから、一日xxでいいし・・・」

「なるほど・・・それでいいなら、そう書き換えましょう」

「あと来週から出社という事ですが、なにをやればいいんですかね・・・?」

「うーん、それが・・・実は、なにもやる事がなくてね・・・取り敢えずは、調べ物とかして貰うくらいかな・・・」

「これから、引越しや物件探しとかもしないといけないので、毎日出社は無理ですが・・・」

「勿論、問題ないですよ・・・物件探しも引越しも重要な仕事の一部ですから、それは自由にやってもらって構いません。逆に会社では、殆どやる事がないというのが現状ですし・・・」

(それなら、自宅待機にしてくれ・・・)

と言いたいところだったが、やはり待機保証も出る事であるし相手からすれば目を離している隙に、また並行して転職活動でもされては困るという不安があるだろうから、あまり無理も言えない。

「これは仮契約で正式に有効なのかどうかは分かりませんが、正式なものはいただけるのですか?」

「出せといわれれば出しますが、まあ私を信用してくださいよ・・・私というか社長のSも許可している事ですから、なんの心配はないですって」

社長のS氏は名古屋にある本社で、3度ほど顔を合わせている人物であった。

A氏は東京事業所の代表者とはいえ、S社全体から見れば傀儡に過ぎないから、こうした契約書などの決裁は総て名古屋本社で行われ、A氏は取り次いでいるに過ぎない。

A氏の人物云々はこの際あまり関係がないかもしれないが、S社自体をそこまで信用していいものかどうかの判断がつきかねる事もあり、社長のS氏とはある程度親しいと思われるだけでなく、これまで散々割り込みのあった仲介者としてコンサルのT氏には、最後の念押しをしておく事にする。

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