2004/07/27

「お疲れさん」でン万円(東京劇場・第2章)part9

 翌週の月曜日からは、約束通り神田にあるS社へ出社する事となった。出社といっても何もやる事がないから、取り敢えずは出向が決まっている現場で重視されている最新のセキュリティ技術を、ネットを使って独学で勉強するくらいである。

最初こそは真面目に取り組んでいたものの、なにせ相手がその分野では大元締めとも言われるような国家の最高機関だけに、守秘義務とやらで仕事の内容は殆どといってもいいくらいに明らかにされていなかったから、勝手に見当をつけた上で、大まかなフレームワークの学習をするしかない。という事は当然1日もやっていれば、あらかたのガイドラインは頭に入ってしまうものだ。そうしてセキュリティの最新技術を知識ベースでマスターすると、2日目からは早くもやる事のない手持ち無沙汰の状態となってしまった。

席の与えられた開発室には他に若い研修生が4人いて、みなプログラムの自習に余念がない。開発技術者は、オタク風のヤツが多いというのは業界でよく言われる事だが、この時の若者4人もいかにもそれ風のタイプ揃いで、開発室の隅の席は私語などは飛び交う余地はなかった。

そんな中で一人密かにネットで物件の検索やら、アテネ五輪情報の閲覧やらをしながら(早く時間よ、過ぎて行けー)と貧乏揺すりをしていた。朝は誰よりも遅い定時ギリギリに出社し、昼休みには誰よりも早く部屋を抜け出し、帰るのは一番最初であることはいうまでもない。定時が過ぎれば真っ先に帰っていくという日が、当たり前のように続いた。

3日目には、名古屋本社のS社長が来ており

「やあ! 久しぶりですね・・・お邪魔してます」

と挨拶をすると

「今のところなにもする事ないけど、まあもうちょい我慢しとってや」

と「何もやらなくてもいい」という、お墨付きを貰う形(?)になった。

普段はまったく交流のない開発のメンバーと言葉を交わすのは、朝の「おはよー」と帰りの「お疲れさーん」の二言のみ。これで、1日ン万の待機保証が出ているわけだから楽なように思えるものだが、逆に何もすることがなく8時間もPCの前で時間を過ごすのは、寧ろ拷問に近かった。

(これじゃあ、まるで「お疲れさん」を言うためだけに来ているようなもんだな・・・)

 そうして、なす事もないままネットで勉強をしたり本を読んだり、或いは再びネットで物件を探してみたりという日々が続いたまま翌週に入り、N社との何度目かの打ち合わせに行ったA氏が帰って来た。

「結論から言いますと、元請けのN社とクライアントの間ではあれ以来、進展がないようですね・・・ただし、プロジェクトの始まるのが11月頭か10月の後半というのは以前お話した通りで、N社の引継ぎが最低1ヶ月は必要だという事も最初にお話しましたが、その状況には変化はありませんので特に心配はないですよ・・・」

「心配と言っても・・・って事はもしかすると、9月一杯は引継ぎも始まらないという可能性もありうると・・・?」

「可能性としてはあります・・・もう少し早くなるとは思っていたんですが、どうもNの引継ぎ担当者が体調を崩してしまっているらしいようで・・・」

「じゃあ、それまで私は毎日、ここでこうしてボンヤリとしてないといけないんですかね? 同じ勉強をするなら正直、自宅の方が効率がいいんですがね・・・」

「そうですね・・・特にここに来て貰っても、する事もないですし・・・」

正直、会社環境のネットワークでは外部に出るのにも気を使うし、必要なソフトやプラグインのダウンロードもネットワークに影響が出ないという保証はないから、勝手には出来ないのである。

あまり大っぴらに息抜きが出来ないという事もあったが、実はまだ100%信用しきれない状況もあって、相変わらず次々に掛かって来る各社からの案件情報に電話で対応していた。勿論、その時は席を外して通路で行ってはいたものの、それも大っぴらに出来るわけだ。

が、そんな事を言うわけにはいかないから

「例えばルータシュミレータのダウンロードや教材用ソフト、それらを閲覧させるために必要なプラグインなども、勝手にダウンロード出来ないですし・・・」

などと、答えを摩り替えて納得させ

「それでは、明日からは自宅待機で良いですか・・・? まあ、待機保証をするという事だから、まったく目の届かないところで何してるのかわからないという心配もあるでしょうが・・・」

とダメを押すと

「いや、金を払うから来なけりゃいかんなんて事は、ないですよ。ただしクライアントからの依頼があった場合は、最優先で対応していただきます」

「それは勿論、心得てますよ・・・それでは、何かあった場合は来ますので・・・」

と上手い具合に自宅待機をモノにすることが出来、晴れて自由の身となった。

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