名古屋で活動していた頃から付き合いのあったのが、コンサルタントのT氏である。コンサルタントというと、なんとなく胡散臭い匂いが付き纏いがちではあるが、このT氏はかつて有名なメーカーの取締役まで勤めた末に定年間近で希望退職して、独立して個人で営業をしている人物である。性格的には色々と問題はあったが、同郷の誼から(ありがた迷惑とは言え)何かと骨を折ってくれている好意だけは、認めないわけにはいかない。しかしながら過去にこの人の持ってくる案件は、悉く決まらないのである。
名古屋時代に紹介された案件は5件ばかりはあったが、いつも決まらなかった理由はハッキリしている。なにしろ、見当違いの案件が多いのだ。なぜそうなるのかと言えばこれもハッキリしていて、このT氏は業界ではかなりの顔役らしく「元有名企業取締役」の肩書きと、得意の流れるような弁舌を武器にいくつかの会社から「顧問」待遇として迎えられていたらしいが、なんとしても自分の息の掛かった会社に世話をしたいという、世話好きの人物にありがちな考え方の持ち主であった。
これまでにも、このやりかたで主に同郷の技術者を何人も押し込んできたらしかったが、あくまで自分の方向性に拘るワタクシは決してこのT氏の遣り方に従わず、常に「義理」よりも「実」を追求してきた。相手に、無駄骨折りばかりをさせてもいけない事もあり
「私はあくまでこういう方針でやって行きますので、それによってTさんに負担をかける事は、まったく本意ではない」
と、暗に手を引いて欲しいと匂わせた事は何度もあったが、その度に
「それはわかっているから・・・にゃべさんはにゃべさんで動けばいい事だし、それについてはオレは何も干渉しないから・・・」
と表面では理解は示していたものの、自分の方で案件が出てくると強引に進めてしまってから報告してくる癖は相変わらずで、遂に東京での活動にまで介入してきていた。
「先日お話したS社の件で、ご連絡しました・・・いよいよ決まったという連絡が来たので・・・」
「え? 決まったといっても・・・前回は何の返事もなかったから、流れたんじゃなかったんですか・・・?」
「いや、決まったんだよ。 あれからS社のAさん(代表者)も、一生懸命動いてくれていたんだから・・・でも今回は、N社でOKが出ているんだから、もう決まったようなものさ。ともかくAさんから来ているメールを全部にゃべさんに送るから、それを見てよ・・・」
と、例によって立て板に水の早口で一方的に捲くし立てると、さっさと決め付けてしまった。
(この前、あれだけハッキリと断ったのに、しつこいオッサンやな・・・)
と毒づきつつT氏から送られてきたメールを開くと、そこにはS社のA氏からT氏に送られていたらしい、三通のメールが添付されていた。
それによると、前回(6月)の面接後もA氏はN社に対して地道な働きかけをしていたらしく、新たに出てきたプロジェクトの要員として早い段階から候補に上がっていたらしい。
今回のは相手が国家機関という事でレスポンスが遅く、A氏も随分と苦労を重ねた末、ようやくN社内部の決定を取り付けるまでの経過が綴られていた。
A氏の骨折りには感謝の念があったが、反面その間何の報告もしてこなかったT氏に対する腹立たしさや、個人で身を削るようにして貴重な金と時間を費やしてこれまで活動してきた経緯を考えると、やはりなんとしてもT氏絡みではなく、独自ルートの案件で決めたいという気持ちが強かった事は否めない。
そうした状況の中、最後にビシッと決める予定だった翌週。そろそろ企業の担当者たちも、お盆休暇に入る時期である。そんな中、月曜日からハードルの高い難しい要求が続いたが、火曜日に訪問した某社からは「是非、正社員で・・・」というお誘いもあった。
「明日から夏期休暇に入るため、来週にご回答願う」との事である。まっとうな勤め人の感覚なら、そんな話があれば決めろと思うところだろうが、先々の方向性に拘るワタクシとしては、社員になるのはいいが、そうなると決められた仕事は意に沿わなくても受けなければならない、というところがなんとしても我慢ならないのである。
守っていくべき家族のない気楽な身としては、生活基盤の安定よりは自分自身の充実感を大切にしていきたいのだ。そうした方向性からは文句のない、某大手メーカーでの案件が決まれば、そちらの方でやって行こうという腹は固まっていたが、そちらの方は要求レベルが相当に高く先方からNGを出されてしまった。
当然といえば当然かもしれないが、方向性ばかりに拘って一段高いレベルの案件にチャレンジすればNGになり、逆に誘いの掛かるのはあまり方向性の一致しないジャンルばかり、というのがここまでの繰り返しである。それでも、ここまで10件近くのお誘いは受けているのだから、時期的にも資金的にもある程度のところで妥協して、いい加減に軟着陸を模索していかないと泥沼の泥濘にドップリと嵌まり込んでしまいかねない・・・などと考えているうちにも殆どの企業が夏期休暇に入り、結局は決断のつかぬままにウィークリーマンションの契約切れとなり、新たに延長契約を結んだ。外野からは、さぞかし気楽に遊んでいるような感じに見えることだろうが、精神的にはかなり追い詰められた状況だった。
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